209人が本棚に入れています
本棚に追加
15 turn over a new leaf
一気に話した後、武田君はしばらく口をつぐんだままだった。
空になっていた彼のお猪口に酒を注ぐと、両手を添えて受けて、少しだけ口にしてから言った。
「まさか、eternalに彼女が来ているとは思いませんでした。俺の自宅はここから数駅先なので、生活圏も重なっていないと思います。初めて見掛けた時は、驚きました。
店長とお付き合いしているのも、長坂さんから聞くまで気付かなくて。すみません。」
「彼女と付き合い始めたのは、武田君が来てからだよ。ごく最近。彼女も自分を責めて、幸せになることを自分に許さなかったから」
「…すみません」
「いや、皮肉じゃないし、責めてるわけでもない。ただの事実だよ。でも、過去を受け入れて踏み出した」
「……良かったです」
「ただ、彼女はお兄さんのことを気に掛けている。幸せでいてほしいと願ってるんじゃないかな。もし、苦しんだり、まだ自分を責めたりすることがあったら、耐えられないんだと思う」
「さっきも言った通り、家には滅多に帰ってきません。今年のお盆は、ほぼすれ違いで」
「こき使ったのは俺だから、何も言えない」
漸く、武田君の表情が解れた。
「いえ。勉強になりますし、楽しいです。とても。こんな気持ちは久し振りでした」
彼は少しの間、お兄さんに関わることを思い出そうとしているようだった。
「今、兄は一級建築士をめざしていると聞きました。険悪な関係ではありませんが、ざっくばらんに話ができるほど俺はまだ…」
「そっか」
「もしかしたら、妹なら何か聞いているかもしれません。今度、聞いてみます」
頷こうとして辞めた。
それでは、誰も変われない。彼女の心配も晴れないままだ。
俺は、武田君を見つめた。
「最初に言ったけど、あの忙しいときに武田君が来てくれて助かったし感謝もしてる。一生懸命だし、センスもあると思う」
彼は、返事をせずに、俺の話の続きを待っていた。
「俺は、武田君にアルバイトを続けてほしいと思ってる。ただ、何のわだかまりもないとは言えない」
彼は、頷いた。
「だから、区切りをつけたいんだ。」
「どうすれば、いいですか?」
「まずは、武田君がお兄さんと話す。その上で、彼女に会ってほしい。きちんと、話をするべきだ。俺も同席する」
最初のコメントを投稿しよう!