for a change : 武田潤の後悔

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 その直後、生まれて初めて兄が怒るのを見ました。同時に頬に激痛が走って、漸く我に返りました。  兄はピンバッジに気付くと、それをつかみとりました。既製服のポケットが破れるなんて尋常じゃない。そのくらい、本気で怒っていたんです。  兄は、彼女の特性に気付いた俺がしたことを、本当に許せなかったんです。俺の胸ぐらを掴んで、怒鳴り付けました。それまで、兄が我慢していたこと、全部許せなくなるような出来事だったのだと思います。  立ち尽くしていた彼女を連れて、兄はその場を去りました。二晩帰ってこなかった兄は、両親が店に出た後、酷い表情で帰ってきました。   謝ろうと思って兄の部屋に行くと、カーテンを閉め切って布団も掛けずにベッドで顔を両手で覆って寝転がっていました。 「兄さん、ごめん…」 「彼女とは、もう終わったから」 「俺が、あんな…。本当にごめん…」 「違う。きっかけがお前だったとしても、原因は俺自身だ」 「本当に…」 「頼む。謝るな。出てってくれ。これ以上、酷い人間になりたくない。親には二日酔いで寝てるとでも言っといて。…明日には、いつも通りに戻るから」  あの時、兄は泣いていたんだと思います。あの後、二人の間に何があったのかは知りません。二人の関係を壊して、兄をひどく傷付けたのは俺だという事実だけは確かです。  翌日から、我が家にはいつもの穏やかな兄がいました。仕事の研修や、卒業に関わる役目なども淡々とこなしていました。  それからは、あからさまではありませんが、俺と距離を置くようになりました。当たり前ですよね。  でも、彼女が兄と俺を間違えなかったことだけは伝えたくて、無理矢理兄を引き留めて伝えました。この力で押さえたから、彼女が抵抗もできなかったんだと思うと。 「彼女の見え方について、言わなかった俺が悪かった」  兄は、そう答えただけでした。
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