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何となく、濃い酒が飲みたくてカウンターに誘うと、長坂は笑った。
「店長の奢りですから、私はどこでも良いですよ」
ジンをロックで飲みながら、長坂に聞いてみた。あいつは可愛くない。マティーニを飲んで、顔色一つ変わらない。
「俺達の話、聞いてた?」
「いえ。聞いてません。聞き耳立てるときは、それと分かるようにしますから」
あいつはにやりと笑った。
「店長の言動から推測して、ぴたりと当てるのが楽しいんですよ。盗み聞きなんて、そんなことしませんから」
「そっか」
「店長が思慮深い大人に変身するのは、美花さんがらみのことだけ。そのことに、なぜか武田君が絡んでいて深刻そう。美花さんが来たときの武田君、明らかに様子がおかしかったから。でも、美花さんは完全スルー。
実家の跡継ぎ問題で、兄弟でぎくしゃくしていたのは、ちらと曽根さんから聞いたんです。だから、お兄さんと美花さんと武田君で何かあったかなーくらいの推測をしました」
右側にいる長坂を、眉をひそめつつ見る。
「変身?」
「そうですよ」
「3分?」
「そんなところでしょ?」
「自腹で飲むか。なぁ、長坂」
「えーっ!?」
「ま、そんなに、俺がただ漏れなんだな」
「ま、その件に深入りするつもりはありませんから。恋愛なんてくだらない、とまでは言いませんけど、そんなに重要なものだなんて思ってませんでした。
でも、身近にこんな素敵なサンプルがあったら、恋愛も良いなぁと思います。相手を思って、二人で乗り越えるとか。自分を成長させられるとか」
答えようがなくて、黙って話を聞いた。
「だから、見届けたいんですよ。できるなら、温かく見守りつつ。」
「ふーん。そう」
「そうですよ。だから、ちょっとしゃしゃり出てくるような人見ると、当事者以上に腹が立つのかも」
長坂の言い方がおかしくて、声を上げて笑った。
「今回も温情措置。店長、本当に人が良すぎ。世の中善人ばかりじゃないですからね」
「知ってる。知った上で、俺が判断しているから。前も言ったけど、俺も相当“悪”だから。良い人間になりたくて、努力してるくらいに」
「絶対幸せになってくださいよ。私の実験サンプルなんですから」
「お前のために幸せにならないよ。俺は自分の力で幸せにするし、幸せになるから」
「おー!言ってくれますね。二人の飲みも今日が最後ですかね?美花さんに操をたてて」
「あ、そうか。思いつかなかった」
「そういう所、詰めが甘い。駄目ですよ。店長、嫌でしょ?美花さんと男の人が一緒にいたら」
「……絶対、嫌だ」
長坂は悪い笑みを浮かべて俺を見た。
「最後に一杯頼みます!」
「お前が女だってこと、忘れてた。それ飲んだら、速攻で帰るぞ!」
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