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彼女だった。
思わず笑顔になって、俺はすぐに扉の鍵を開けて彼女を迎えた。
「早かったんだね」
「LINEしたんですよ」
「ごめん。気付かなかった」
「二駅先の現場確認が終わったら、直帰して良いって言われて。家に向かおうとしたら、大樹さんが見えたから、ついノックしちゃいました」
「お疲れ様。忙しかったの?」
「通常業務ですけど、仕上げ段階に入ると毎日現場に行った方が良いので。だから、丸一日休むのが難しいんてす」
「そうなんだ。店舗?それとも自宅?」
「二ヶ所は同じビルにある店舗で、最後のところはご自宅のリフォームです」
「そっか。店舗は行ってみたいな。今度、教えてよ。」
なぜか彼女は顔を赤くした。
首を傾げて彼女を見ると、首まで赤くなってしまった。
「なんだか秘密を見られるみたいで…」
「そんな。仕事でしょ?作品だよ?」
「そうなんですけど、大樹さんには色々見透かされそうで」
「裸にされたみたい?」
「……!」
「喩えだよ。言葉のあや。よく言うでしょ」
「大樹さん、時々言葉遣いが……」
「何?」
「…時々、おじさんっぽい」
「うわっ。三十路にもなってないのに、彼女からおじさん扱い!?」
「だって、少しセクハラまがいというか…。時々ですけど」
「じゃあ、いいや」
「え?」
「たぶん美花さんにしか、言わないから」
「……もぅっ!」
なにやらまた赤くなっているけれど、彼女が落ち着くまで放っておくことにした。
その間にLINEの返信。後で彼女が気付けばいい。
それから、フクシアの花言葉を調べた。
「……あ」
「どうしたんですか?」
「なんでもない。…いや、違うな。嬉しい発見があったから」
「何ですか?」
彼女が、顔をあげて俺を見た。
「美花。…今、呼んでみたくなった。畏れ多いけど」
「私なんて全然、そんな畏れ多いなんて」
「そんなことない。今日、俺の前で不安そうだったり、心配したりしなかっただけで、安心した。俺すげー嬉しい」
彼女は俯きながらも一歩近付いてから、俺の胸に額を付けた。
「不安でしたよ。あの人と話して知った事実で、嫌われないかなって。もういいやって厭きられないかなって」
「誰に?」
「もちろん、大樹さんに」
「ほら。だから嬉しい」
「他に何があるんですか?」
「もう、いいよ」
「逆に、こんなふうに割りきったら…冷たいとか軽いとか、思ってますか?」
「全然」
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