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彼女の来店を待つだけ。
また、自分の“本業”で顔を合わせるかもしれない、僅かな機会に期待するだけ。
あるファッションビルで仕事をしていた時、彼女の噂を耳にした。グリーンと照明の使い方が印象的なスペースを見つけ、担当者に誰の手によるものか尋ねた時だった。
俺自身にしばしばフラワーデザインの依頼があり、担当者と懇意だった。どうやら自分に興味を持っているらしい女子社員も、近くに数人いた気がする。
“彼女は、人の顔を認識できないらしい”
クライアントのニーズに応えながらも、寛ぎと自由と、温かさを感じさせる空間デザインをするのに、人の顔だけを認識できない。
それだけが事実なのに。
彼女の外見と合わせて、やっかみや妬み等、負の感情が大幅に加えられた、悪意のある噂だった。
「それでどうやって仕事取るの?」
「オジサン受けするんだって。可哀想とか、美人なのに、とか」
「事務所の所長がベタ惚れだって」
その噂に驚き、躊躇いを感じてしまった自分を、俺はまだ許していない。
その後、現場で直接会って挨拶する機会があり、そのデザイナーが“緑さん”であることに気付いた。
噂の中の真実は、顔を認識できないことだけだった。
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