02 germination

4/4
前へ
/151ページ
次へ
「いらっしゃいませ」 「今日はお休みだったんですか?……すみません。盗み聞きするつもりは、なかったんですけど」 「いえ、今日は大事なお客様がいらっしゃることになっていたので、夕方から店を開けていたんです」  つい調子に乗ってしまったが、本当のことだ。 「そうだったんですね。それなら、丁度良かった!」  それが誰なのか気にならないんだ…と落胆したが、彼女の表情が明るいから、気にしないことにする。 「“あの子”、咲いたんです!見てください。」  彼女は、鞄からスマホを取り出し、正面に立つ俺に見せた。待ち受けにしていたようだが、光の加減でよく見えない。 「すみません。角度のせいか、よく見えなくて…」  すると彼女は僕の左隣に立って、「ほら、見てください!」と画面を見せてくれた。  俺の肩の辺りにある彼女の頭。160あるかないか、と言ったところだろうか。髪の毛の良い香りがした。嬉しいけど、この距離感は苦しい。  正確には、嬉しくて胸が苦しい。 「ね、きれいですよね。この色合いに、花弁の薄さと柔らかさ」  無防備な笑顔で、俺を見上げる。  錯覚するじゃないか。  そんな笑顔にしたのが、花ではなく俺だと。そこで、彼女は言った。 「店長さんのお陰です。“この子”が咲いたのは。」  彼女は、スマホの画面を指でなぞりながら言った。  耳を疑った。  俺のお陰?  俺のお陰で咲いたから、この笑顔?   夢、半分叶ったんじゃね?  普段抑えている言葉が、どんどん出てきてしまいそうだ。 「それだけ伝えたくて」  ぱっと、俺のそばから離れ、正面に向き直った彼女は、頭を下げた。 「ありがとうございました。店長さんに大切なお客様がいらっしゃる前に、私、帰りますね。また、色々教えてください。“あの子”が待ってるので!ではまた」  軽く会釈をして、彼女は足取り軽く去って行った。  近付けたと思ったのに。  「あの子が待ってる。」とかクソ可愛い。  でも、俺は“あの子”に負けたのか。  あの、芍薬に。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

207人が本棚に入れています
本棚に追加