幸せの話をしよう

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《和也と克樹は二人とも密偵で、ライバル同士です。和也は天才設定。克樹は秀才。語りは克樹です。》 「なぁ…和也。」  克樹はズボンのポケットに手を突っ込み、和也にゆっくりと歩み寄った。  特にかける言葉はない。むしろ、なにも言えるはずがない。だけど、なんとなく自分はここに留まるべきだと思った。  和也はだいぶ憔悴しているようで、ただ手すりに肘をつき、夕日に染まった水平線を見つめている。その瞳は虚ろで、くすんでいるようにも思われた。 「……俺さ、」  しばらくして、突然和也がつぶやいた。 「こんなはずじゃなかったんだよ……本当、参ったな。」  そう言って力なく笑う和也はとても見てられるものではなかった。  こいつ、こんなやつだったっけ。 「へぇ? 和也が悩むなんて、珍しいこともあんだな。こりゃ、明日は雨だな。」  苦しかった、はぐらかしたかった。正面からの直球は流石に受け止めきれない。だから、わざと流した。 「決定すんな。縁起でもねぇ。」  和也が僅かに笑ったように見えたが、それはすぐ空に吸い込まれてしまった。  マジか、こいつがこんなにやつれているのは初めてだった。いつもはもっと高飛車で、天才で非道で。 「ごめんごめん。冗談だって。」 「冗談って……お前なぁ。」  だけど、人一倍優しくて、傷つきやすい。  だからこんなふうに抱え込んで、いつの間にか耐えきれなくなって、自滅する。そんなバカみたいなやつだ。 「そもそも僕と和也は敵同士だぜ? なんで、敵に弱みを見せてんの。そんなことしてると、いつの間にか殺られるぞ。」  うるせーよ、と罵声がかかるはずだった。そう、いつもならそのまま言い合って、バカらしくなって笑う流れだった。だけど、今日は静寂と海の小波の音が響いている。  あれ、と思って和也を見た克樹は、そのまま凍りついた。それは、異様としか形容しがたい光景だった。  和也が、幸せそうに笑っていたのだ。  今まで見たこともないような、場違いな笑顔をこちらに向けていた。 「いーね、それ。」 「は? どうした、ついに狂ったか。」  できるだけ落ち着いた声で、言葉を返えした。そうしないと、逃げ出してしまいそうだった。 「いーや、むしろ逆さ。」  和也はまた、海の方を向いて、 「この世界に生まれてきて、今日までいろんなことがあったけど、きっといい人生だったんだろうな、俺は。」  克樹は、何言ってんだよ、というように黙っていた。和也の人生は誰もが羨むものだ。言わずもがな、彼は類稀なる知能をもつ、正真正銘の天才なのだから。  そして、和也は答えを待たずに続ける。 「周りからみるとそうだろうと自分でも思うし、確かにいろいろな経験もさせてもらった。      だけど、それほど幸せだったのかは疑問なんだよ。  俺が名声を上げれば、その分、妬まれ、阻害されていった。お前みたいに、心から凄いと拍手を送ってくれたやつは、果たして何人いるんだろうな。  我儘かもしれねーけど、いつもそう疑ってしまうんだよ。」  克樹は声が出なかった。  まさか、和也がこんなことを思っていたとは思わなかった。 「こんなどうしようもない世の中だからさ、」  和也はまた儚げに微笑んだ。 「どうせなら、お前が殺してくれよ。」 end.
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