別れ

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別れ

 まだ肌寒さが残る夜のことだった。渡辺家に小さな女の子が産まれた。これが、私。両親と2人の兄に囲まれ、すくすくと育った。両親が、初めての女の子ということもあり、とても甘やかしてくれたおかげで、少しおてんばな性格に。そのせいで、長男の勇兄さんと、二男の匠兄さんは、よく私のわがままに振り回されていたのを、昨日のことのように思い出す。  「依ちゃん、危ないから登ってきちゃダメだよ!」  「お兄ちゃんと待ってよう!危ないからね」  幼稚園に上がると、兄の背中を追い続けるようになり、兄達にできて自分にできないことがあると悔しくて、人目もはばからずに大泣きした。そして、兄達に慰められることが、お決まりだった。  勇兄さんは面倒見が良くて、友達と遊ぶ際にも匠兄さんと私を必ず連れて行ってくれた。父は大工の仕事が忙しくて、母の負担を少しでも軽くしようという勇兄さんの優しさだ。  匠兄さんも、私ができないことを1つ1つ丁寧に教えてくれた。頭も良いうえに、手先が器用で、特に絵を書くことが上手だった。暇になると、勉強している匠兄さんの所に行き、絵をおねだりした。似顔絵を書いてくれた時の紙は、今でも持っている。  兄さん達は優しい時もあったけど、両親が甘やかしている分、厳しい部分も持っていた。女性らしくない振る舞いをした時や礼儀に関しては、注意されたこともある。私にとって、兄さん達は教師であり、親だった。  そして、時は進み、私は小学校へ上がった。日清戦争や日露戦争など短期で決着をつけて、弾みがついた日本は、日中戦争へと移行した時期だ。日中戦争が長引き、悪化してくると、兄さん達は、自分もお国のために貢献しようと、兵隊に志願した。そのことを私が知ったのはご飯を終え、くつろいでいた時だ。急に兄さん達が背筋を伸ばした。  「お父様、お母様。本日、渡辺勇と渡辺匠は、兵隊に志願いたしました」  声を揃えて報告した兄さん達に、父も母も何も言うことができずにいた。まだ、その頃は軍事教育を受けていなかった私だが、先生達から普段聞かされていた影響もあり、そのことが正しいと信じて疑わなかった。  「兄ちゃん達、すごいね!兵隊さんになるの?お国のために戦うの?」  興奮を抑えられなかった私は、目を輝かせ、兄さん達に聞く。兄さん達は、父達の気持ちに配慮したのか、少しだけ困った顔で頷いた。  「依子…あなたは、もう寝なさい。勇達は、もっとわかるように説明して」  なぜ、もう寝なくてはいけないのか。その時は不満で一杯だったけど、有無を言わせない父達の目に静かに部屋に行った。  布団の中に入ると、兄さん達や父、母の話し合いが聞こえてきた。話し合いと言うよりは、怒鳴りあう声。怖くなった私は、布団を頭まで被り、耳を塞ぐと、その日は眠りについた。
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