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その後、あれよあれよと話は進み、あっという間に兄達が旅立つ前日となった。
入隊祝いということで、今夜は近所の人が我が家に集まり、久しぶりに賑やかな時間が流れていた。しかし、今思えばこれも空元気だったのではないかと思う。匠兄さんの幼なじみ、健三さんも一緒に出征ということで、合同でしている。
兄達が入隊すると告げてから泣いていた母と健三さんの母は忙しなく動いていて、涙はなかった。ずっと不機嫌だった父と健三さんの父は来てくれたお客さんにお酌してまわり、ご機嫌だ。祝い席にいる兄達と健三さんも普通の中学生のように笑いあっていて、少しだけ兄達が遠くに感じたのを覚えている。
(退屈だなー…兄ちゃん達とおしゃべりしたいなー)
近所の人達が談笑しているが、難しい話で幼い私には退屈だった。ずっと大人しく上品に正座というのも性に合わず、案の定、足がしびれてきた。
(ちょっと、外の空気でも吸ってこようかなー)
辺りをキョロキョロと見渡してから、静かに席を立った。
家の外まで出てきたが、大人達の話し声が聞こえてくる。
「やっぱり、さみしい…よ」
いつか大人になれば兄妹は離ればなれになることは、なんとなく理解していた。国のために戦って散っていくことは素晴らしいことだということをあの頃は信じて疑わなかったが、さみしいものはさみしいのだ。また、全力で兄達の背中を押すことができない自分が嫌いだったのだ。
「泣いちゃダメなのに…幸せなことなのに」
そう言い聞かせても、もう時すでに遅し。こぼれた涙は止まることを知らず、次から次へと溢れた。
「これが…最後、最後にする。明日は笑顔で送り出すんだから…」
私は物置の陰に移動すると、涙が落ち着くまで思いっきり泣いた。
思いっきり泣いて落ち着いてきた私は洗面所で顔を洗い、喉の渇きを潤そうと台所へ来た。コップに水道水を注いで飲んでいると、勝手口のドアがあいていることに気づいた。
(閉めてあげるか…)
ノブに手を伸ばしかけ、やめた。母と健三さんの母がうずくまって2人で泣いていたからだ。
私は見ないふりをしてコップをゆすぐと、戻った。
席に戻ってくると、勇兄さんと匠兄さんがこちらを見ていることに気づいた。その目は心配そうな目だった。私は兄達がなぜそんな目をしていたのかわからないが、兄達がこちらを見ていることがうれしくて、笑顔で手を振っておいた。すると、兄達は安堵したのか、微笑みながら手を振り返した。
私達のやり取りに気づいた健三さんが途中で入ってきて、しばらく4人で微笑みあっていると、父が言った。
「えー、そろそろ夜も深く更けて参りましたので、ここいらでお開きとさせていただきたいと思います。勇、代表で集まってくれた人に一言」
父に言われた勇兄さんはすくっと立ち上がると、父に向かって敬礼した。匠兄さんと健三さんも立ちあがる。ふと気配がして隣を見ると、母と健三さんの母が寄り添うように座っていた。
「本日は渡辺勇、渡辺匠、山村健三にこのような席を設けていただき、感謝いたします。送り出してくれた気持ちを無駄にせぬよう一日も早く立派な兵士となり…国のため、君のため…に散っていくことをみなさんにお約束いたします!」
勇兄さんはそう言うと、力強く敬礼をした。匠兄さんと健三さんも敬礼をしている。勇兄さんのぐっとこらえたような力の入った敬礼に涙が出そうになったのは秘密だ。大人達は拍手で讃えた。
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