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駄菓子屋から駅は近く、すぐに着いてしまった。
「もう、着いたね」
「そうだねー。…もう、何人か来ているな」
私の言葉に匠兄さんが同意すると、駅の入り口に突っ立っている人を見た。みんな、緊張した面持ちで突っ立っている。兄達と同じくらいで制服を来た人、軍服を着た人もいる。すると、健三さんが、大きなため息をこぼした。
「両親揃って来ているのって、俺くらいしかいないじゃん」
「何、恥ずかしがっている…。よく見てみろ、離れたところに家族1人はいるじゃないか。俺達には、依ちゃんが来てくれたもんね」
勇兄さんはそう言うと、私を抱きしめた。匠兄さんは私の頭を撫でると、健三さんに言った。
「健三さん、家族誰1人来てくれていない人もいると思うから、恥ずかしがらなくていいよ。こんな時くらい、素直になって…」
「そうだな…ちょっと行ってくる」
健三さんは匠兄さんの肩をポンポンすると、少し離れたところで見守っている健三さんの両親のもとへ向かった。
「やれやれ…世話のかかる健三だ」
「本当にね…」
「やれやれ!」
兄達のまねをして首を左右に振ると、兄達はお腹を抱えて笑った。楽しそうな兄達に微笑んでから健三さんに視線を戻した。頭を下げる健三さんとハンカチで口を押さえながら泣くのを我慢している健三さんの母。健三さんの父は我慢できなくなってきたのか、空を見上げている。
親子の絆に感動していると、首から何かを下げた男性が健三さん達に近づいてきた。
「あれ、何?あの人が首に下げてるの何?」
兄達の服を引っ張りながら聞くと、匠兄さんが教えてくれた。
「そっかー。依ちゃんはまだ見たことなかったか。あれはね、カメラって言うんだよ?」
「…カメラ?」
その頃はカメラなんて見たことも聞いたこともなくて、兄達から聞いた瞬間、一気に欲しくなったことを覚えている。
「いいなー!欲しいなー!」
興奮する私に勇兄さんが言った。
「依ちゃん、カメラはそんな簡単に手に入るような物じゃないんだ」
「いっぱい入った色鉛筆よりも高い?」
「高いね…」
渋い顔をしている兄達を見て、ガックリと項垂れた。
「兵隊さんのために今は我慢しなきゃね」
自分に言い聞かせるように言うと、兄達を見た。兄達も頷いている。
私がなんとか納得した時、健三さんが私達を呼んだ。しかし、興奮していて何を言っているんだか全然聞き取れない。
「なんだよ、健三!」
勇兄さんが聞き返すと、健三さんがやってきた。
「あの人、写真記念館のおじさん。写真撮ってくれるって」
「それはありがたいな。写真ができたら送ってもらえるのか?」
「あの人が送るってさ。みんなで撮ってもらおうぜ」
健三さんは興奮した様子で、勇兄さんと匠兄さんの肩をバシバシ叩きながら言うと、私と目線をあわせた。
「依ちゃん、俺達と一緒に撮ってくれる?」
「いいよ!」
私が元気にそう言うと、3人はうれしそうな顔になった。まずは3人で並んで撮っている写真を眺めていると、おじさんが言った。
「お嬢ちゃんもご両親も入って、入って?」
健三さんの両親と一緒に見ていたから家族だと勘違いされたようだ。私達が戸惑っていると、健三さんが手招きする。
「ほら、依ちゃんも母さんも父さんもおいでって!」
終始、楽しそうな健三さん。健三さんの両親と顔を見合わせると、私は兄達の輪に加わった。その後、健三さんは両親と撮り、兄さん達は私と撮った。
「はい!よく撮れました」
「ありがとうございました」
みんなでお礼を言うと、おじさんがカメラの紐を握りしめながら言った。
「我が国のために、お務めありがとうございます!未来の飛行兵、期待しております」
健三さんと兄達は顔を引き締めると、敬礼した。おじさんは微笑むと、他の人の写真を撮りに向かった。
兄達に抱きつきながら旅立つギリギリまで時を過ごした。一生分、甘え尽くしたような気がする。30分なんてあっという間で、あと5分もすればお別れだ。
「結局、父と母、来なかったね…ひどいよ」
私が拗ねた声を出しながら言うと、勇兄さんが私の頭に手を置いた。
「いいんだよ、依ちゃん。お兄ちゃん達は依ちゃんが来てくれて、すごくうれしいよ?」
納得は行かないが渋々頷くと、匠兄さんが私の前にしゃがみ、私の手を揺すりながら言った。
「依ちゃん、笑って?依ちゃんの笑顔は太陽だよ?」
「太陽…?」
匠兄さんの言葉を繰り返すと、匠兄さんは大きく頷いた。
「そう!暗闇をも吹き飛ばす太陽。だから、お兄ちゃん達のために笑って?笑顔でバイバイしよう」
兄達の願いならと最高の笑みを浮かべて頷くと、兄達は幸せそうな顔で微笑んだ。そして、私はポケットからある物を取り出すと兄達に言った。
「兄ちゃん!手、出して?」
「ん?こうでいいのかな?」
兄達はキョトンとしながらも手をお皿のようにして出した。私はその上に乗せると、握らせた。兄達は私が握らせたものを見て、目を大きくさせた。
「これ…お守り、依ちゃんが作ってくれたの?」
勇兄さんの声は震え、匠兄さんの目が潤み出す。照れ臭そうに頷くと、言った。
「下手なんだけどね。持っててほしくて」
お守り袋はお世辞にも綺麗とは言えない。匠兄さんが言った。
「下手なんかじゃないよ。依ちゃん、桜の刺繍、上手だね!大切にするね」
「お兄ちゃんも大切にするからね。肌身離さず持ってる!…ありがとう、依ちゃん!」
勇兄さんはそう言うと、ぎゅっと私を抱きしめた。
「俺も入れてよ…」
匠兄さんが拗ねた声を出すと、勇兄さんが腕を広げた。私も腕を広げると、匠兄さんはうれしそうな顔で私達を優しく抱きしめた。
3人で抱き合っていると、健三さんがやってきた。
「そろそろ、時間…だってよ」
申し訳なさそうな顔をしている健三さんに私は言った。
「健三さん、手、出して?」
そう言えば、キョトンとした顔で兄達のように手を差し出した。その上に兄達に渡したお守りを握らせた。
「これは、健三さんの分」
「依ちゃん…ありがとう!大切にする!依ちゃん、2人にあとで怒られそうだけど、ぎゅーしてくれる?」
「うん!健三さん、頑張ってね…」
健三さんを強く抱きしめると、健三さんも強く抱きしめ返してくれた。健三さんの顔を見ると、目が潤んでいた。私は健三さんに微笑んでから、兄達に手を広げながら言った。
「兄ちゃん達も、最後にぎゅーして?」
「よーし!…最後のぎゅーは、ちょっと長めにしようか」
勇兄さんの提案で、私達は3人でありったけの力で抱き合った。体温、匂い、声を身体中に染み渡らせると私達は静かに離れた。勇兄さんが頭を撫でながら言う。
「じゃあね、依ちゃん!母と父のこと、許してあげてね」
「わかった…」
私は服を握りしめながらなんとか、そう答えた。今度は匠兄さんが私の頭を撫でながら言う。
「依ちゃん、おうちに帰ったら依ちゃんのお部屋の天井、見てごらん?きっと、ビックリするよ?」
「気になる!楽しみにしてるね。兄ちゃん達、病気したらダメだよ?」
「依ちゃんもね!…バイバイ」
「バイ…バイ」
ぐっと涙をこらえ、私は兄達が汽車に乗り込むまで、逃げずにちゃんと手を振った。
すると、来ていた家族達が万歳をし始めたので、私も兄達に声が聞こえるように大きな声を出しながら万歳した。それは、汽車が発車したあともしばらく続いていた。
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