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4. 自意識過剰
新宿駅で小田急線に乗り換えて、ドアの脇に立った俺はガラスに映る自分の顔を見ていた。
きっと、お弁当を作るということに特別な意味はない。単に気を遣ってくれたのだろう。けれども俺はそこに恋愛感情があるのだと期待した。自意識過剰。知らぬ間に電車が成城学園前の駅に止まっている。俺は扉が閉まる寸前にホームに降り立つ。
自動改札を抜けるついでに見たスマホのロック画面に着信履歴とボイスメッセージの通知がある。
マナーモードにしていた上に、走っていたので気が付かなかった。30分程前、斉木さんからだ。俺はコインロッカーの前に移動して、ボイスメッセージを聞く。
電話越しの声は、駅の雑踏をBGMに、俺の心に刺さる。
「今さっき、目が合ったよね? 走って行ったの、まさやんだよね? まさやんは私の言ったこと、きっと誤解してるんじゃないかなぁって思って。それでちゃんと説明したくって電話しました。メッセージ聞いたら折り返しか、メールしてくれるとうれしいです。じゃあね」
斉木さんの声が告げるのは、まさに俺が考えていたことだ。
その通り。俺は誤解していた。
「お弁当作ってきてあげようか?」という言葉にそれ以上の意味はない。
大丈夫。説明はいらない。自分で気が付いたから。
画面の「ボイスメッセージを保存しますか?」という問いに「消去」をタップし、俺は家に向かう。
絶望的に明るい午後の陽射し。木陰のような安息の地を求めて俺は歩く。我が家が見えてくる。
部屋ではモンちゃんが眠っていることだろう。俺も嫌なことを忘れ、安らかに目覚めるまでは眠っていたい。
そう思いながら俺は重たい鉄門を開けた。心が軋むような音がした。
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