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5. 滑空する
ベッド上でうつ伏せに寝て、背中にタオルケットを被った俺の姿は、巨大なモモンガの様に見えるだろう。
枕元に置いたスマホの時計は午後2時30分を過ぎている。お腹がすいたような気もするが、何かを食べるような精神状態ではない。
悲しいのか、苦しいのか、それとも拍子が抜けたのか、とにかく気力が湧いてこない。失恋は何度もしてきたが、今回は格段に堪えている。
斉木さんへのプレゼント代を捻出するべく努力した期間は、これで帳消しになった。せめて何か欲しいものでも買おうか。俺は何が欲しいのだろう?
それはお金では買えないもの。欲しいのは斉木さんの愛。震えるほどに好きなんだ。
心が震えると同時にスマホが震動している。俺はタオルケットを払いのけ、慌ててスマホの画面を確認した。
『斉木由香』
確かにそう表示されている。緑の受話器アイコンをスワイプする。スマホを通じて柔らかな声が聞こえてくる。
「もしもし。折り返しもメールもくれないから電話したの。今どこ?」
「家」
「なんで連絡くれないの?」
「なんでって、気が抜けちゃって」
「まさやん、誤解してるよ」
「誤解?」
「山下さんとはなんでもないの」
「なんで? さっき告白してたのを聞いたんだよ」
「それが、誤解」
「え?」
「今、成城学園前にいるの」
「マジ?」
「ていうか、もうそれらしき家の前にいるの。鉄の門があって1階と2階に玄関がある家。ステンレスの表札に村井って書いてある」
「ちょっと待って」
スマホを握りしめながら俺は出窓に向かう。そこから門前が見えるのだ。慌てていたのでモンちゃんの籠に右肘が当たった。左手を伸ばして観音開きの窓を開ける。上半身を乗り出すようにして見下ろすと、斉木さんと目が合った。
白いワンピース姿で、ピンク色のトートバッグを肩にかけている。門の前に立って家を見上げる斉木さんは、こちらに向けて手を振った。
その時、何かが俺の横を通り過ぎた。モンちゃんだ。俺が籠に当たった拍子に起きたのだろう。しかも籠の扉が開いてしまっている。モンちゃんは四肢を伸ばしてその飛膜を広げ、素早く2階から飛んだ。
よく晴れた秋空に半円形の軌跡を描いて滑空したモンちゃんは見事に鉄門の上に降り立った。
斉木さんは驚いたような様子でモンちゃんを見ている。
「斉木さん、ごめん。ちょっと見てて。今降りるから」
「モンちゃん?」
「そう。もし飛びそうだったら押さえて」
「え? 噛んだりしない? 大丈夫?」
「大人しいから大丈夫!」
俺は大急ぎでサンダルをつっかけ、玄関を出ると階段を一段飛ばしで降りた。息を切らしながら鉄門越しに斉木さんと対面したが、門の上にモンちゃんはいない。
「モンちゃんは?」
斉木さんは口に人差し指を当てながらトートバッグを示す。
バッグの中から両耳をピンと立てたモンちゃんがひょっこりと顔を出した。
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