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「ただいま、亜里沙」
『おかえりなさい、あなた』
帰宅すると、すぐに妻の声が迎えてくれる。結婚して5年、それは常に変わらない。
妻が亡くなっても、ずっと。
早いもので、先日彼女の一周忌を終えたばかりだ。スキルス性のガンだった。分かった時には既に手の施しようがなかった。亜里沙は入院して治療するよりも、自宅での緩和ケアを選んだ。そして、プログラマーだった彼女は残された時間の中で、世界で唯一の、彼女の声で喋るスマートスピーカーを作り上げたのだ。
”これでまた、一緒にいられるね”
そう言って、亜里沙は朗らかに笑った。彼女が旅立ったのはそれから一週間後のことだった。
葬儀は慌ただしく過ぎていった。でも、かえってその方が有難かった。忙殺されていれば余計なことを考えなくて済むから。泣いているヒマもない。
だが、納骨を終えて自宅に戻った時、ようやく僕は亜里沙がいない現実に直面することになった。
もう彼女を抱きしめることはできない。食事をする時も独りぼっちだ。彼女の手料理も食べられない。いつしか涙が頬を伝っていた。彼女が亡くなって以来、初めて流した涙だった。
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