ふたご山とひとりっ子

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ふたご山とひとりっ子

へそを曲げたアノニマスは、テントの隅に体を縮めてテルルを睨んでいた。そんな彼にテルルは声をかける。 「アノニマスさん、一緒にふたご山に行きませんか?ほら、セレンも!」 突然話を振られて驚いた私の手を掴み、「ねっ!」と笑いかける。まったく、私は笑顔に弱いんだから。私はテルルの手を握り返す。 「アノニマス、案内してもらおうよ」 「僕はいい。一人で行くから」 頬を膨らませ、そっぽを向くアノニマスが可愛らしく見えて、私は小さく笑ってしまった。ちらりとこちらを見た瞳が綺麗だ。しかし、彼はまたそっぽを向いてしまった。仕方ない。今回はテルルの方について行かせてもらおう。 「じゃあ、アノニマス。日が沈むまでには戻るよ」 「……いってらっしゃい」 小さく手を振る姿が何故だか面白くて。私は心の中で微笑んでいた。 この平原は北が山、西にメガロポリスの壁、東に山、南に海、と地図に記すことができる。私たちは、北の高いふたご山に少しだけ登るらしい。なんでも、源流の水を汲んできて欲しいのだとか。 「ママとイオンが作るジャムに使うんだよ。源流の水を使うと、透き通った甘さになるんだ」 「川か……。本物の川は昨日見たばかりなんだ。メガロポリスの中の川は人工のものでね」 木々の木漏れ日に当てられ、心地よく歩いていたその時、突然何者かが襲いかかった。 「おあっ!!邪魔だテメー!!」 あちらからぶつかっておいてどんな言い草なのか。彼の風貌は、茶の羽に覆われた鳥人の子供で、黒髪を束ねている。見る限り大人しい子ではなさそうだ。 「アルゴ!こっちの山は君たちワタラフ族の領地じゃないだろ!」 テルルの言葉が癇に障ったのか、アルゴと呼ばれた少年の目つきが鋭くなる。 「邪魔なんだよこのデカブツ人間!穢れた血の種族め!」 彼の腕が大きく広がり、翼となる。木々の間から見える空に向かって羽ばたいたかと思えば、地に立つ私に向かって加速してきたではないか! 「セレン、危ない!」 鋭い嘴がこちらへ吸い込まれるように襲い来る。攻撃してきたとはいえ、まだ子供だ。彼を傷付けないように避けるには……! 「数秘術、禽獣草木(きんじゅうそうもく)!」 人差し指と中指をたて、印を結んだ指で木々を指す。木々は波打つように枝を伸ばし始めると、アルゴ目掛けて葉を広げる。 「な、なんだこれ!」 翼をバタつかせ回避行動を取ろうとするが、何層にも広げられた葉にぶつかり、突き抜ける寸前で止まった。 「やるじゃねぇか……」 口に入った葉を吐き出しながらアルゴが言う。私とは目を合わせようとしない。その代わり、テルルを睨みつけ「ケッ」と悪態ついたのだった。 「君、怪我はないかい?」 私が駆け寄ると、彼の頬が擦り剥けていることに気付いた。怪我をさせてしまうとは、まだまだ数秘術が上手く使えていない。自分の弱さを悔いた。 「アルゴくん、怪我を治すからジッとしててくれ」 「嫌だね。それに、擦り傷ぐらいどうってことねぇ。これで泣くのはテルルぐらいだぜ」 フンと鼻息を漏らすと、彼は飛び上がり空へ昇っていく。 「テルル、今度その人間と決着つけてやるからな!連れてこいよ!絶対だ!」 指をさされた私は目を丸くした。不思議な子に目をつけられてしまったな……。 テルルは私を見つめると、瞳の奥を輝かせる。 「ねえ、さっきの何?セレンがやったの?」 テルルは、アルゴに馬鹿にされたことなど気にしていなかった。私の数秘術に気が移っていたようだ。 数秘術は、百年前のセレンの正統継承者が開祖の術だ。従来の念力を血統の能力から数字と文字に書き換え、広く使えるようにされたものが『数秘術』である。ただ、五十年ほど前に念力の血統最後の男により書物が燃やされてしまったので、セレンの血統の者しか使えない。広く使える術という当初の目的とは異なる継承のされ方をしている。 単純な足しと引き、掛と割の型で構成された術式で、物を作ったり消したりすることができる。ただし、不老不死の『賢者の石』や命を作り出すこと、死者を蘇らせることは禁忌として扱われている。そう、やろうと思えばできてしまうのが数秘術なのだ。しかし、それらを実現しようものなら命がいくらあっても足りないだろう。『技術的には可能』という一言で説明がつくだろうか。 ちなみに、メガロポリスを創ったのは先先代のセレンの血統の者らしい。そのため、セレン一族は神のように崇められていた。はずだった。そう、アノニマスたちの教会ができるまでは。 私は川の水を汲みながら説明していたのだが、途中でテルルが眠ってしまったので、話すのをやめた。テルルを背負い、両手に木のタンクを持つと陽が傾き始めた平原に向かって歩く。いつか全てを話すときが来るのだろう。きっと彼なら受け入れてくれる。そう信じながら山を下ると、アノニマスが迎えてくれた。 「タンクを持つよ。一緒にテルルの家まで行こう」 「ありがとう、アノニマス」 水が入ったタンクを手渡すと、微笑んだ。アノニマスは、私の味方なのだろうか。私の一族をバラバラにした教会の彼が?全てを疑ってしまう。そんな私が、嫌いだ。 「早く行こうよ、セレン」 彼の輝く瞳は、水面の向こうの私と同じだ。
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