正統継承者三代目セレン

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正統継承者三代目セレン

陰西暦一九九九年春。外界から隔離されたメガロポリス・ジャポン。この国、いや世界は、高く分厚い壁とシャボンのような人口領空に囲まれていた。外界は高濃度の酸素により、我々人類の肺を一瞬にして壊す毒を持つようになった。他の国々がどうなったかは、戦後から分からなくなったままだ。私たちは少子高齢化の波により、滅ぶ運命なのだ。 しかし、救世主がただ一人いる。それは、『数秘術』の力を持つ数秘術師、そしてその正統継承者、『セレン』。 そのセレンこそが、満員電車でリュックを前にして立ち続けるサラリーマン。そう、私だ。周りの人間は私のことをセレンであると認識している。しかし、誰一人として席を譲ろうとはしない。何故なら、私は数秘術を一日に三回しか使えない無能だからだ。つまり、落ちこぼれである。セレンは襲名なので、本当の名はある。アダムだ。この名は母が付けてくれた。愛しの母は、私が産まれたと同時に息絶えた。 育ての親というものはなく、父が女性を取っ替え引っ替えしては去っていく様を何度も見させられた。現在二十歳の私の母はヴァネッサ。彼女は私と同じく二十歳で元同級生だ。帰宅する度、何かをせびるのが彼女なのだ。 「おー、アダムじゃん!今日の土産何?」 「携帯ですよ。上画面がスライドするの、欲しかったでしょう?しかもクリアな音で通話ができるやつ」 彼女は私の頭をぐしゃぐしゃにすると、「よー覚えてるじゃん!さっすがー!」と父の部屋へと消えた。私はそそくさと二階へ上がる。天井裏の自室に戻ると、写真立ての母へただいまのキスをした。 小さな窓を大きく開け放つ。ビル風が部屋をかすめていく。決して良い風ではないが、それでも苦しみを乗せるには充分だった。 能力が悪く、非力な正統継承者は、中小企業のサラリーマンとして働いていた。まず、正統継承者に選ばれるのは『月輪の青』と呼ばれる特殊な瞳を遺伝していなければならず、その瞳は数百年に一人、セレンの血筋から生まれるらしい。 更に、数秘術が使えねば正統継承者になれない。本当ならば、私が正統継承者として正しいのだが、数年前に事態は急変する。 なんと、私のクローンがいたのだ。瞳は『月輪の青』で、植物を用いて数秘術を生み出す能力を持っていた。その発表直後から、彼がセレン、私がアダムとして名乗るようになったのだ。
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