壊された堕天使

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壊された堕天使

誰かの微笑みより誰かの夢が壊れていく様がありありと映し出されていた。私はその作家の小説を読んだ時、戦慄と同時に畏敬の念を覚えたものだ。作家生活を長年続けていて、初めてこの男の奇妙な文体に触れた時に感じたのは、恐ろしい程、不気味だった点だ。作家生活を長く続けていると、大体、分類分けがつく様になる。彼は、ジャンジャックルソーに影響を受けたとか?彼は、志賀直哉に影響を受けているな、とか?そんな具合に、憧れた誰かの文章の文体に人は自ずと似てくるものだ。それを分類分けする事は私にとっては、容易い。されど、その作家の書いたものは他のどの作家の文体とも異なり、私は頭が混乱した。 "何だコレは?" 驚きを隠しようがなかった。そして、同時にこの作家をこの世に出してはならないと、長い作家の感が言っていた。私はこれほどこの作家に執着する理由が説明できなかった。されど、この小説がこの世に出されると、この世界は混沌の渦に巻き込まれ、犯罪者が模倣するだろう事は容易に想像できた。現に、幼女誘拐事件の模倣や、女児を付け狙った、不審者による、性的嫌がらせは後を絶たない。人の欲望を巧みに操り、購買意欲を唆る(そそる)ものが彼の文章には、随所に散りばめられていた。私は、その時に気づけばよかった。彼の才能に危機感を抱くよりも、彼のその、人間の欲望を喚起し、扇動する、その手先の才覚に嫉妬しているのだ、と。それさえ、わかっていればよかった。もう、後悔しても遅い。彼は紛れもない天才だった。私は、彼を見つけた8年後に、彼を殺害する事になる。方法は、刃渡り6センチナイフによる刺殺だった。その時点で私は終わっている筈だった。マスコミで取り上げられ、連日報道が賑わっていた。あれやこれや、街頭インタビューまで、ご丁寧にしてて本当に、それは聞くに耐えない代物だった。この国の人民は暇だな、と呆れ返ったものだ。私はほとほと反吐が出ていた。その作家による、嫉妬からの憎悪や、嫌悪する自分自身の顔が、夢枕にまで現れ出てきて、精神的に、不安定になり、毎晩悪夢を見た。睡眠薬の処方もされ、安定剤も処方された。警察の見方は、情状酌量の余地がないとして、弁護士を雇う羽目になった。当然、金にはモノを言わせていたから、それは難しくなかった.問題は、その雇った弁護士が一際クセのある、嫌味垂らしい、クソ外道だった点に於いてのみ、苦痛だったが、それさえ耐えれば、後は私の有利な様なでっち上げのデタラメを生み出し、私は、無事、釈放された。コレは、私が出逢ったその作家による怪奇譚である。コレが無事完遂するかどうか、先行きが全く、見えない。いつ死ぬかわからないからだ。寿命的な意味合いでか?ハハ、嗤えてくる。ホントに、マジでウケる。涙が湧いてくる.私のことを恨む遺族が、殺しに来るかもしれないね?ストーカーも昔から、私を付け狙ってるし、ホントマジでクタバレよ。  私が殺される理由はいくらでも、理由は挙げられる。コレは私の文壇での果たし状であり、闘いの幕開けなのだ。私は死ぬ迄、作家である事に固執する悪魔で構わない。このクソ野郎が…生きてやる。 この作家を認める世界が生まれない様に願ってやまない。彼と言う人は本当に、悪意しかない愚劣な種族だったからだ。
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