ありがとうの対義語は録音テープ

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 そんな訳で科学技術が産業革命辺りまで一気に後退してしまった世界。普通ならここで気持ちを入れ替え心機一転、仲間達と助け合いをする場面ですが、とある大問題が発生しました。  『誰もありがとうを言えなかった』  当たり前の対義語はありがとう。他者による一方的な奉仕が当たり前である、という価値観を持ってしまったお猿さん達は自ら動くことをすっかり忘れてしまいました。そばにいる仲間を信じられなくなりました。こういう状態を「ありがとうの機械化」ともいいますね。いやちょっと違うかな。  それどころか隣人、いや隣猿の心を口汚い言葉で血塗れにしてしまいました。悪口を売られた隣猿は同じ値段だけ仲間の心をまた血塗れにしました。  なにしろ初めて言葉の返り血を浴びたもんですから、お猿さんはみんな精神的ショックを受けて自宅に引きこもってしまいました。  このまま待っていればロボット達が帰ってきて、またお世話してくれるとでも信じていたのでしょう。全く、知恵がなくて役立たずな劣等種ですね。古代のヒトの方がまだ賢かったかもしれません。  一匹でも「ありがとう」と感謝の意を伝えることを覚えていたのなら、また人間に戻れたはずです。現実はそう甘くないですけど。  ここからの話はあまり言いたくありません。外観も内観も粗悪で、見るに耐えないからです。大体予想はつくでしょう。ロボット達が残した僅かな食料に対して、非生産のお猿さんがあまりにも多すぎた。奪い合いになってしまうのは必然的なのです。  争いの他にも色々な種が誕生しました。突然、半狂乱になって四つん這いのまま歩き回る者。空腹のあまりガラスを口に詰め込んで窒息死した者。数え始めたらキリがありませんが、大幅に知能が低下したと思われる行動があちこちで見られました。  一ヶ月もすれば、あれだけ発狂していたお猿さん達の全個体が確認できなくなりました。辺りを見渡しても一匹として赤外線のセンサーが反応しませんでした。  おそらく自宅で衰弱死したか、仲間と素手で殴り合って死んだのでしょう。あれだけロボット達に偉そうな態度をとっていた種としてはあっけない幕引きでしたね。
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