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本当の春巻きを知らずに育った俺たち
「久しぶり。元気そう。デカくなったね」
「うん」
久々に見た姉ちゃんは輝いて見えた。表情は柔らかく、笑顔で俺を招き入れてくれた。
6畳のワンルーム。ここが姉ちゃんの城か。きちんと片付いていて姉ちゃんらしい。
「いい匂い。メシ、何?」
「あんたのお祝いだからね。春巻きだよ。あと、ポテサラ」
「え。まじで」
俺は身構えた。姉ちゃんはニヤリと笑っている。
ポテサラは春巻き以上に苦手なものだった。
「まぁ。食べてみな。ちゃんと本を見ながら作ったからさ」
所狭しと料理が並べられていたところにご飯と味噌汁が追加され、小さな座卓は更に密になる。
これを全部俺の為に作ってくれたんだ。そう思うと苦手な食べ物なんてどうでもよくなった。春巻きだろうとポテサラだろうと、なんでもこい!
「いただきます!」
俺は勢い良く手を伸ばした。
「……美味ぇ! なに、この春巻き。超うめえ!」
「美味いだろ?」
姉ちゃんは言った。
「久則、私達は本当の春巻きを知らなかっただけだよ」
まさか。ポテサラも?
俺は恐る恐る、ポテサラに箸を伸ばした。
確かに、質感が全然違う。
一口、口に入れてみる。
マヨネーズに包まれた、しっとりしたじゃがいもの甘味が広がる。玉ねぎも、ぜんぜん辛くない。
「これ、じゃがいもだ。美味い。これが本当のポテサラ……」
俺は二口三口とポテサラを貪り食った。
「あんた、じゃがいも好きだもんね。ポテサラって、実はおからじゃないんだよ。本当はポテトのサラダなんだ。だからポテサラっていうんだよ。考えてみればそうだよね。でも私たちはそんなことも知らなかったんだ」
姉ちゃんはふふっと笑った。
「社会に出るといろんなことが分かるんだよ。私達は誰の奴隷でも家来でもない。ほんとはみんなと同じただの人なんだ。うちが変だっただけなんだよ。本当の春巻きの中身はおからじゃないんだよ」
「そう、だったの?」
引っかかりがストンと落ちた。
やっぱり。そうだったのか。うちの親が変わってたんだ。
「そうだよ。ましてや悪人でもない。あんたはいい奴だよ。だからあんた、これから頑張りな。自分で暮らすのは大変だけど、自由だし、楽しいし、幸せになれるから」
姉ちゃんは泣いていた。笑顔で泣いていた。
俺の目からも、涙が出てきた。
「久則。就職、おめでと」
「ありがとう、姉ちゃん」
本当の春巻きを知らずに育った俺たちには、まだまだ知らないことがたくさん待っている。
俺は口いっぱいに春巻きをほおばった。
了
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