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第13話 実母との再会 ~女神ガイア~
この世界の宗教は、キリスト教はやはり力を持っているが前世の中世ほど独占的な状況にはなっていない。
神聖帝国はローマ帝国の後継を主張していたからゼウスなどのオリュンポスの神々も信仰されていたし、位置的にヨーロッパ北部に属するだけにオーディンなどの北欧神話の神々もしかりである。
また、数百年前にゲルマン民族がこの地から放逐したケルト族の影響もまだ残っているようだ。
このため、バーデン=バーデンの町には、教会はもちろんあったが、オリュンポス12神の1人であるアテナのパルテノン(処女宮)神殿も共存していた。
アテナは、知恵、芸術、工芸、戦略を司る女神で、アルテミス、ヘスティアと同じく処女神である。また都市の守護神でもあることから、帝国内の多くの町でも祀られている。
7月にはアテナの誕生を祝うパンアテナイア祭が開催され、馬術、詩歌、音楽、文芸などの競技が催される。
また、4年に一度大祭が行われ、このときは神殿にあるアテナの神像の衣が取り替えられ、乙女たちが新しく織った衣を着せる。
今年はその大祭の年に当たっていた。
祭りの運営は町を中心に行われるが、領主であるツェーリンゲン家も深くかかわっていた。
◆
祭りを前にしたある日。フリードリヒは父に呼ばれた。
「フリードリヒ。今年はパンアテナイア祭の大祭の年だ。いい機会だからお前も参加しなさい」
「承知いたしました。」
今年は大祭か。前回は6歳で参加しようもなかったから様子を知らない。乙女たちの行列とか楽しみかもしれない。
祭り当日。乙女たちの見物どころではなかった。
ツェーリンゲン家は祭りの最後の仕上げとして、アテナ像に祈りを捧げるのだが、その日は事前準備として、禊やらなんやら人々の知らないところでの裏行事が目白押しだったからだ。
長かった準備が終わり、ようやく祈りの時がきた。
フリードリヒは家族とともにアテナ像に祈りを捧げる。特に誦句などはなく、黙祷するだけだ。
その時、フリードリヒは体を上に引っ張られる感覚を覚えた。これは経験がある。幽体離脱だ。何者かがフリードリヒの霊魂を引っ張っている。本能的にレジストするがあっけなく霊魂は抜け出してしまった。
「俺のレジストがあっけなく破られるとは、何者の仕業か?」フリードリヒは警戒する。
次に気づいたとき、フリードリヒは見知らぬ世界に来ていた。辺りは眩い光に満ちている。
目の前に神々しくも美しい女性が立っていた。美しさに加え均整のとれた体つきといいパーフェクトな美しさだ。
フリードリヒは思わず瞠目する。
「フリードリヒ。私はアテナ。さるお方に頼まれ、あなたを呼び寄せました。さぞ驚いたでしょう。無粋なふるまいを許してください」
「あの女神のアテナ様でいらっしゃいますか?」
「そうです」
元日本人の性で、思わず「ははーっ」と平伏しそうになったが、みっともないと思いとどまる。
それにしても神々しいはずだ。正真正銘の女神様なのだから。フリードリヒは思わず2度見してしまった。
「あの。さるお方とは?」
「あなたの母上です。あなたに逢いたいとおっしゃっておられます。着いていらっしゃい」
突然の展開にフリードリヒはあっけにとられ、まともに返事もできないままアテナに着いていく。
古めかしい神殿のような場所に到着し、客間と思しき一室に入っていく、すると突然女性が抱き着いてきた。アテナに負けずとも劣らない美しい女性だ。
「ああ。フリードリヒなのね」
彼女の胸の柔らかな感触が伝わってくる。かなりの巨乳だ。しかし、不思議とふしだらな気持にはならない。
「あなた様は?」
「あなたの母、ガイアよ」
ガイアはカオスから生まれた原初神の一柱であり、地母神、また大地の象徴とも言われる存在である。
「私の母はエルデという名だと聞いていますが」
「エルデは地上で名乗っていた仮の名前です」
確かにドイツ語で「エルデ」とは大地の意味だ。
「では、本当にガイア様が私の母上なのですか?」
「そうよ。長いあいだほったらかしにして悪かったわね」
「なぜ突然にいなくなったのですか?」
「そうね。あなたにはきちんと話しておく必要があるわね」
ガイアは一連のいきさつを語った。
始まりは10年前に遡る。
ガイアはたまたま地上の黒の森を訪れていた。黒の森はマナが湧き出す源泉地でもあり、神々にとっても居心地の良い場所らしい。
マナとは、神秘的な力の源のことで、魔力や気もこれから派生し、人や物に働きかける。
そこで運悪く異国の原初神である邪竜ティアマトと遭遇してしまったのである。
ティアマトは気が立っており、ガイアに有無を言わさず襲いかかってきた。
両者は壮絶な戦いのすえ相打ちとなり双方が傷ついて戦いは中断した。
森の中で傷ついたガイアを発見したのが、領軍とともに森を確認していたフリードリヒの父のヘルマンⅣ世だった。
手当のかいもあってガイアは回復した。ガイアは名をエルデという以外に一切の素性を語らなかったという。
ガイアの神々しい美しさに、ヘルマンは夢中になり、ガイアはヘルマンの愛妾となった。
そしてフリードリヒが生まれた。
ある時、エルデ(ガイア)はヘルマンに手料理をふるまおうと台所で調理をしていたところ誤って手を包丁で深く傷つけてしまったという。しかし、手の傷がみるみるうちに再生しているところをヘルマンに見られてしまったのである。
そこでヘルマンは何かを言いかけたが口を閉ざしてしまった。おそらくエルデ(ガイア)が人外の存在であることに気づいたのだろう。
そのことを察した、エルデ(ガイア)は地上を去るしかなかった。
フリードリヒを残していくことは苦渋の選択だったという。が、結果フリードリヒは地上に残していくことにした。
半神であるフリードリヒは、神界よりも地上で活路を見いだせると思ったからだ。
以上が顛末である。
──ティアマトが争った相手というのは母上だったのか
タラサの父から話を聞いていたフリードリヒは謎が一つ解けた。
自分の能力は、前世の記憶を引き継いでいることに加え、現世でも相当な努力をしてきた結果という自負はある。それにしても自分の能力はチート過ぎると思える部分も多々あり、謎であったが、自分が半神であるとわかればそれも理解はできる。
「事情はわかりました。母上。私もずっと親孝行ができず心苦しく思っていたところです。一度、神界に来て要領は理解しました。今度からは自力で来られると思いますので、できるだけ顔を見せるようにいたします」
「まあ。フリードリヒは優しい子ね。母はうれしいわ」
フリードリヒは高揚した気分で神界をあとにした。なにしろもう逢えないと思っていた母に再会できたのだ。しかも、今度から逢いたい時には来られる。
地上に戻ったフリードリヒに意識が戻ると祈りの姿勢のままだった。
父に「ずいぶん長い祈りだったな。」と少し嫌味を言われたが、地上では数分程度の時間だったようだ。天界と地上では時間の流れる速さが随分と違うらしい。
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