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第37話 戦後処理 ~上層部の思惑~
リューネブルク会戦の後、フリードリヒ中隊の評判はうなぎ登りであった。
騎士団の兵舎で、フリードリヒは第5騎士団第4中隊長のレオナルト・フォン・ブルンスマイアーとすれ違う。
「これはブルンスマイアー卿。先日の会戦ではお世話になった。卿の中隊が敵左軍右翼の注意をひきつけてくれたおかげで、我が中隊は自由に動けた」
「なに。卿の働きに比べれば吹けば飛ぶようなものだ。
それにお礼を言うのはこちらの方だ。兵站の面倒までみてもらって感謝している」
「いや。あれはあれで儲けさせてもらっているからお互いさまだ」
「そう言ってもらえるとありがたい。それにしてもうちの団長にも困ったものだな。団がやるべき兵站を中隊に丸投げとは…」
「私は入団したばかりでよくわからないのだが、どのような御仁なのだ」
「家柄もよく野心家ではあるが、ここだけの話、能力と実績が伴っていないな。副官のシュローダー卿がしっかりしているのでなんとかなってはいるが…」
──軍で実績が上げられないからヴィオランテへの求婚というからめ手で来たわけか。
「上司は我々の一存では変えられないから、それはそれとして受け止めて対処していくしかないですね」
「全くそのとおりだ。じゃあな。これからもよろしく頼むぜ。白銀のアレク」
──軍の中でその二つ名はやめてほしい。
ブルンスマイアーは、ポンポンとフリードリヒの肩を叩くと去っていった。
◆
「くそっ!」
第5騎士団長のゴットフリート・フォン・マイツェンは悔しさのあまり帽子を床に叩きつけた。
リューネブルク会戦には軍の監察官が立ち会っていた。監察官は各騎士団の戦いぶりを見届け、評価する役どころである。
シュローダーは監察官からフリードリヒ中隊を突出させたことについて、その意図を詰問されたのである。
あれは「フリードリヒ中隊の実力を踏まえての作戦なのだ」と主張したが、却下された。
入団してまだ一戦もしていない中隊の実力が正確に計れるはずもない。また、最初から敵左軍を崩す意図があったのなら、右翼を厚くした斜行陣をしくべきであっただろう。
その上、肝心の第5騎士団本軍は敵に押され気味で死傷者もかなりの数に上っていた。
フリードリヒがあのタイミングでリューネブルク侯を捕虜にしていなければ、戦いの勝敗は微妙だったのである。
監察官からこれらを指摘され、シュローダーはまともに反論を返すことができなかったのだ。
「卿の配下の中隊が活躍して戦いには勝ったのですから懲戒はないと思いますが、褒賞は期待されないことですな」
と嫌味を言って監察官は去っていった。
本来は、ここで反省してフリードリヒと和解するところなのだろうが、逆にフリードリヒへの恨みを深くするのがシュローダーの狭量なところなのだった。
◆
軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックがリューネブルク会戦の事後処理について話し合っていた。
バーナーが口を開いた。
「今回のフリードリヒ中隊の働きは目を見張るものがあるな。中隊一つで敵左軍をほぼ壊滅させたうえ、中央軍にも被害を与え、そのうえ敵指揮官を捕虜にするとは…。勲章の一つもやらねばなるまい」
「勲章の件については同意ですな。この勲功に対し何の恩賞もなしでは誰も納得しますまい」
とチェルハが答える。
「今回出撃しなかった第1から第3騎士団を含めまして、フリードリヒ中隊の活躍の噂に尾ひれがついて伝わっておりまして、挙句には杖に乗って空を飛んでいたとまで申す者がいる始末です。
また、団内からはフリードリヒ中隊への転属願が多数提出されております」
リーシックが状況を報告する。
バーナーが訪ねる。
「やつは食客と称して私兵団も持っておるのだろう?」
「はっ。アウクスブルクに武装した館を設けておりまして、兵の数は200を超えているかと…」リーシックが答えた。
「それは見過ごせぬな。やつはたった100の中隊であれだけのことをやってのけたのだぞ。
それがこぞってヴェルフ家に寝返ったら由々しき事態だ」
「味方にしたら心強いことこの上ないんですがね。
では騎士団長にでもしてせいぜい厚遇してやりますか?」とチェルハが投げやりに言う。
副官のリーシックが発言する。
「ここは一つ提案なのですが、第6騎士団を新設してその団長にすえるというのはいかがでしょう?
その上で団員はやつに集めさせるのです。そうすれば私兵の200も騎士団に取り込めるのでは?」
「なるほど。それは面白い手だ。しかし、まだ時期尚早だろう。今回くらいの大手柄をあともう一つ二つ上げてからだな」とバーナーが判断を下す。
「私もそう思う」とチェルハも同意した。
フリードリヒは社会的な力も意識して食客団を作ったとはいえ、それがこのような影響を与えているとはフリードリヒは知らないことだった。
◆
リューネブルク会戦から帰宅した翌日。フリードリヒは早速ブリュンヒルデのもとを訪ねていた。
戦争で殺伐とした精神を癒すためには、子供に逃避するに限る。
ヒルデは1歳を過ぎてよちよち歩きができるようになっていた。可愛い盛りである。
「ヒルデちゃん。お父様ですよー」とグレーテルがうながす。
ブリュンヒルデは何やらフリードリヒを真剣に見つめていたが、フリードリヒの方に向かってトタトタと歩きだした。
フリードリヒは腕を広げ待ち構える。
そこへブリュンヒルデが飛び込んできた。
優しく抱きかかえ、痛くないように軽く頬ずりをする。
このために髭はきれいに剃ってきてある。
柔らかくすべすべな子供の肌の感触が気持ちいい。この上なく至福の時間だ。嫌なことを何もかも忘れられる。
が、あまり長くやると嫌がられると思い。適当な時間で切り上げる。
ブリュンヒルデは、またフリードリヒのことを見つめている。
「ヒルデさんは。お父さんのことがわかるのかな?」とフリードリヒは聞いてみる。
「あー」
ヤ―(ドイツ語の「はい」)に聞こえないこともない。
「そうか。わかるのか。ヒルデさんは賢いねー」
フリードリヒは人差し指を突き立てる。
「じゃあ。これはいくつかな?」
フリュンヒルデはフリードリヒの人差し指をもみじのような小さな手で握った。しっとりとした暖かな感触だ。
「あー」
アイン(ドイツ語の「一」)に聞こえないこともない。
「すごいなー。ヒルデさんは数も数えられるのかー」
グレーテルとテレーゼはその様子をニコニコしながら見守っている。
「お兄さん。まだそんなことわかるはずないよ」とヤーコブが口を挟んできた。
ヤーコブはまだ8歳。妹分ばかりがほめられて面白くないのだろう。
ヤーコブは指を2本立てると「ヒルデ。これ何本?」と聞いてみる。
「あー」
「ほら。わかってないじゃないか」
ちょっとムキになっている。
「わかったよ」
ブリュンヒルデばかり可愛がりすぎたかな。
「ヤーコブは剣術の稽古を頑張っているんだろう。少し相手をしてやろうか」
「やったー! 僕、お兄さんみたいに強くなりたいんだ」
ヤーコブは7歳になった時から剣術道場に通わせていた。
将来的にはシュタウフェン学園にも通わせてやりたいので、家庭教師をつけて勉強もさせている。
「よし。じゃあ、庭でやろう。木刀を持ってきてくれ」
「うんわかった」
騎士爵家の子供だけあって、稽古をしてみるとヤーコブは子供にしては筋がいいのだった。
◆
その夜。フリードリヒが就寝していると…
「あのう。すみません」
フリードリヒは覚醒した……いやこれは明晰夢だ。するとサキュバスか……ってプドリスじゃないか。
「プドリスじゃないか。いったいどうしたんだ?」
「主様ぁ。私、頑張ったんです」
「それは見ていたから知っている。だから何だ?」
「だからぁ。ご褒美をください」
「ご褒美?」
「やだぁ。女にそれを言わせるんですか。サキュバスにご褒美っていったら決まってるじゃないですかぁ」
──ああ。そういうこと。
夢精すると後始末が面倒くさいが、プドリスも頑張ったことだし、よしとするか。
「わかった。いいだろう」
「やったぁ! 私もついに処女を卒業です。バイコーンにも乗れますね」
──でも、これは夢の中だから肉体的には処女のままだと思うが…
夢の中で事を済ませたフリードリヒは、翌朝、やはり夢精していた。それをメイドに隠れてコソコソと後始末するのだった。
──こんなカッコ悪いところ誰にも見せられないな。夢の中でやるのはこれきりにしよう。
後日、プドリスがバイコーンに騎乗しようとすると、やはり嫌がられるのだった。夢では不純認定してくれないらしい。
「そ、そんなぁ」と残念がるプドリス。
「なにバイコーンに乗ろうとしてるんだよ。おめえが乗れるわけねえだろ」とヴェロニアが突っ込む。
「それとも旦那と何かあったのか?」
「い、いえ。特には…」
夢の中でやりましたとは言えないプドリスだった。
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