第38話 ライン河畔の会戦 ~再びの軍功~

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第38話 ライン河畔の会戦 ~再びの軍功~

 先般のリューネブルク会戦では、ザクセン公がホーエンシュタウフェン家に寝返ることが約束された。  次の目標はライン宮中伯(プファルツ)のハインリヒ・フォン・ヴェルフェンである。  宮中伯(プファルツ)とは、本来、皇帝の側近で、現代でいう大臣に相当し、担当する部署において政務を処理していた。  やがて地方において諸侯が台頭すると、その力を抑えるために各地に宮中伯が派遣されるようになる。  ヴェルフェン宮中伯(プファルツ)領は、下ロートリンゲン地方のライン川下流域を版図(はんと)としている。  ヴェルフェンは現皇帝オットーⅣ世の兄である。  宮中伯(プファルツ)として、自ら選帝侯のひとりでもあったが、皇帝選挙の際は、ライン諸侯の意向のとりまとめに奔走(ほんそう)した。  いわば下ロートリンゲンにおけるキーマンであるが、皇帝の兄であるだけに、政治交渉や金銭による買収では味方につけることが難しい。  結局、軍事的に解決する道をホーエンシュタウフェン公は選択した。非軍事的交渉に時間を割いていては、ザクセン公が寝返った今のタイミングを(のが)してしまうと判断したのである。     ◆  館のリビングルームにフリードリヒと女子連中が集まっていた。  ベアトリスが口を開く。 「フリードリヒ様。また戦争なのですね」 「今はホーエンシュタウフェン家が帝位を得られるかどうかの瀬戸際だからな。ホーエンシュタウフェン公も必死なのだ」 「私は修道女ですから、できるだけ平和的な解決をしてほしいのですが…」 「平和的な手段を尽くしてから最後の手段として戦争というのは正論ではあるがいつも正しいとは限らない。  戦争は仕掛けるタイミングも重要だ。成立が困難な交渉を長々とやっている間に相手に体制を整えられると、かえって損害が増えるということもある。  私は今回のホーエンシュタウフェン公の判断は妥当だと思うぞ」 「確かに人が死ぬ数は少ないことに越したことはありません。でも死者はでてしまうのですよね?」 「そこは攻めてくる者たちがいる以上、武力は手放せないというのが現実だな」  フリードリヒは前世の記憶で、これから何百年経っても戦争というものはなくならないことを知っている。それどころか、世界大戦時の国家総力戦のようにむしろエスカレートしていくのだ。  それに比べたらこの時代の戦争のスケールなどかわいいものだ。  が、最悪と比較してまだましという考え方も卑怯(ひきょう)な考え方だ。それでは正当化はできていない。  しかし、前世の知識はベアトリスには言えない。  それに彼女は人が死ぬことへの良心の呵責(かしゃく)のことを言っているのだ。それに対しては人間の(ごう)の深さとしか言いようがない。 「とにかく。我々が軍人という宮仕えである以上、上の命令には従わなければならない」  女子連中たちの表情はさえない。  フリードリヒ自身、社会的な階段を上る早道として軍人になることを選んだのだ。改めて覚悟せねばなるまい。 「なに湿気(しけ)(つら)してやがる。あたいたちは旦那を信じてどこまでもついていくだけだ!」  ヴェロニアが発破(はっぱ)をかける。 「そうね。考えて結論が出るような問題でもないし…。フリードリヒ様を信じるだけだわ」  とローザが答えた。  皆も少し気を持ち直したようだ。     ◆  ハインリヒ・フォン・ヴェルフェン宮中伯(プファルツ)軍は、自軍1,500に加え、近隣の諸侯の援軍2,500を併せた4,000だ。  これに対してホーエンシュタウフェン軍は前回と同じく第4・第5騎士団1,000で当たる。やはり、これ以上の数を割くことは難しいのだ。  今回は寄せ集めの軍とはいえ4倍の敵を相手にすることになる。厳しい戦いが予想される。  マイツェン第5騎士団長は、輜重(しちょう)の輸送などの兵站(へいたん)線の確保については、タンバヤ商会に委託してきた。前回の会戦で評判が良かったらしい。  タンバヤ商会で手配した輜重(しちょう)部隊には、今回も戦闘に手練(てだれ)の者を選んである。前回もそれなりに役にたったし、用心に越したことはないからだ。  フリードリヒ中隊は、今回も最右翼に配置されると事前通告があったので、全員が騎馬である。馬匹(ばひつ)はもちろんバイコーンだ。  アウクスブルクを出発して2週間後。いよいよ会戦の地に到着した。場所はライン川東岸に広がる平原である。  事前の諜報(ちょうほう)活動により、ヴェルフェン宮中伯(プファルツ)が自ら出陣することが判明している。向こうも必死なのだろう。  会戦の時刻となり。両軍が対峙(たいじ)した。  両軍とも横陣を組んでおり、正面対決の様相を呈している。  フリードリヒ中隊は、予告どおり最右翼に陣取っている。  フリードリヒは、出陣の合図に備え白銀のマスクを着けた。  敵軍は、ヴェルフェン宮中伯(プファルツ)の本軍を中央に、その左右を諸侯軍が固める形をとっている。  フリードリヒは4倍の数の敵を相手にするのであれば、相手の陣形を崩す必要があると考えた。  まずは敵左軍の右翼に回り包囲すると見せかけて相手の出方を見ることにする。 「突撃(アングリフ)!」  ホーエンシュタウフェン軍本陣から突撃の命令があった。 「敵左軍を包囲する形をとる! 我に続け!」  そう叫ぶとフリードリヒは先陣をきってバイコーンを疾走(しっそう)させる。  敵が包囲の形をとる場合、守備側では3パターンの対応がある。1つ目は包囲の更に外側から逆包囲する。2つ目は包囲を防ぐため後列から人を補充して陣を左に伸ばす。3つ目は陣を敵とは逆方向に(かぎ)型に展開する守備的な形である。  敵軍の編成は騎馬をした騎士に徒歩(かち)の従卒が従うという伝統的な編成だ。  展開スピードで騎馬だけからなるフリードリヒ中隊にかなうはずもなく、(おの)ずと逆包囲は無理がある。  どうやら敵の指揮官は陣を横に伸ばすよう指示を出したようだ。  しかし、フリードリヒ中隊の速度についていけず、敵陣の展開は混乱し、間に合いそうもない。 「陣が混乱したところを集中的に弓で狙え! 風魔法が使える者は風で矢を運べ!」  前回の会戦と同じ常套(じょうとう)手段である。  フリードリヒは敵から距離をとって進路をとるので敵の矢はとどかない。  攻撃はフリードリヒ中隊からの一方的な攻撃となった。面白いように敵が倒れていく。  フリードリヒは、敵中に中隊長か小隊長らしき人物がいると優先的に攻撃していく。指揮官を失って敵軍の混乱は増していく。  正面からはブルンスマイアーの第4中隊が混乱した陣を集中的に攻撃している。  ──なかなかやるな。  あまり矢を使いすぎると尽きてしまう。敵陣も混乱しているし、そろそろ頃合いだ。  フリードリヒは敵陣の側面をすり抜けると後背に回り込む。 「突撃(アングリフ)!我に続け!」  混乱した敵陣へ背後から突入する。  混乱しながらも敵は弓の射程圏内に入ったところで弓を射かけてきた。フリードリヒ中隊を多数の矢が襲う。 「マリー!」  ホムンクルスのマリーはこれを時空反転フィールドではね返す。  逆に敵の中から矢傷を負った悲鳴があちこちから聞こえてくる。  矢がはね返ってくるという異常事態に「いったいどうなっているんだ?」と敵の弓兵は首をひねっている。  ──リューネブルク会戦のことを知らないのか?  どうやら諸侯軍の方は先の会戦の情報取集を(おこた)っていたらしい。  その直後、接敵した。  そのまま速度を緩めずバイコーンで敵を蹴散(けち)らし。手にした武器で左右の敵を攻撃する。  敵の顔はやはり恐怖に染まっている。騎馬部隊と戦うなど思っていなかったのだろう。  左翼の諸侯軍は反転して攻撃を試みる者、早々と逃走を試みる者などが入り混じり、みるみるうちに混乱していく。  敵の騎士が装備している突撃槍(ランス)は基本的に1対1の決闘用に進化したものだ。長い方が有利ということで長く進化した分だけ取り回しが難しく、乱戦には全く不向きである。  増してや相手は騎馬して(すさ)まじいスピードで動き回っており、騎士同士の決闘のように正面から迎え撃ってはくれない。  敵にしてみれば「騎士道にもとる」と言いたいところだろうが、そんなことはフリードリヒの知ったことではない。  実際、この時期に北の海からデーン人がバルト海・北海方面に侵入し、掠抜(りゃくばつ)や侵略行為を働いて猛威を振るっていたが、彼らが騎士道など無視したというのも大きな要因である。  フリードリヒは混乱した諸侯軍に後背から何度も突撃をかける。  諸侯軍は圧力に耐えきれず、前方に押し出され始めた。 「魔法を解禁する! 敵を前方に押し込め!」  というや否や、レインオブファイアが雨あられと敵に降りそそぐ。  プドリスだな。ご褒美をあげたから張り切っているな。  ホムンクルス3人娘やネライダ、ベアトリスも負けていない。無数の炎や氷の矢が、風の(やいば)が敵を襲う。  このドンパチを見て左翼の諸侯軍は前方へ逃れようとするが、前方には第5騎士団本軍が待ち構えている。  前後から挟撃された諸侯軍は(おの)ずと左翼方面へ(のが)れ始めた。  これにより敵中央軍の左側面ががら空きとなった。今が好機である。  フリードリヒは、反転して中央軍左翼へと向かう。 「中央軍を狙う! 我に続け!」 中央軍の左側面を距離と取って進む。 「左側面から弓で狙う! 風魔法が使える者は風で矢を運べ! 矢は撃ち尽くしてかまわない」  不意に側面から攻撃を受けた敵は混乱する。  敵には弓兵もいるが、再び一方的な攻撃が繰り返され、敵は次々と倒れていく。 「矢が尽きた者は魔法を使え!」  無数の炎や氷の矢が、風の(やいば)が今後度は中央軍を襲う。  そのまま中央軍の後ろへ抜けると、反転し後背から中央軍の左翼へ突撃をかける。 「左翼から削っていくぞ。突撃(アングリフ)!」  散発的な弓の反撃があるが、斉射ではない矢などにやられるフリードリヒ中隊ではない。  敵左翼を蹴散らしながら前方へと駆け抜ける。反転し、今度は前方から後方へと駆け抜ける。こうして敵を削っていくのだ。  不意に炎の上位魔法ヘルファイアがフリードリヒ中隊を襲った。 「ローラ!」  ホムンクルスのローラは時空反転フィールドでヘルファイアを敵軍へとはね返す。逆に敵陣に多大な損害が出て、火が燃え広がっている。  相手の魔導士は魔法が反射されて驚愕しているようだ。初めての経験なのだろう。時空魔法の使い手などフリードリヒとホムンクルス3人娘くらいなのだから無理もない。  敵には魔導士が10人程いる。まずはやつらから始末しよう。 「敵の魔導士を狙え!」  無数の炎や氷の矢が、風の(やいば)が敵の魔導士を襲うが、魔法障壁で防御されてしまった。10人とも相当な実力のようだ。  ──前回よりもやっかいだな。  しかし、魔導士の弱点は物理攻撃と相場は決まっている。 「アダル。マリー、ローラ、キャリーを連れてやつらを()れ!」 「承知!」  魔導士たちは必死に魔法を放ってくるがホムンクルス3人娘が展開する時空反転フィールドにことごとく反射される。  反射された魔法は魔導士たちを守ろうとしてくれた兵士たちを襲い、かえって魔導士たちの守りが手薄になってしまった。  魔導士たちのもとへアダルら4人が突撃する。  もともと魔導士など運動神経がよい者などいないから一瞬で切り伏せられてしまった。  その間に中央軍の後ろに抜けていたフリードリヒは再び後背から襲う。 「邪魔者はいなくなった。中央軍を削るぞ。突撃(アングリフ)!」  そこで中央軍は思いがけない動きを見せた。  前方の第5騎士団本軍へ向けて一斉に突撃したのである。  少数ながらも強敵であるフリードリヒ中隊よりも一般的な編成の本軍の方が組みやすしと判断したのだろう。  それに第5騎士団本軍の方は第4・第5中隊が抜けて手薄となっている。 「おまえたち。俺を守れ!」と第5騎士団長のゴットフリート・フォン・マイツェンが命令した。 「団長。ここは左右に展開して敵をやり過ごすべきです!」と副官のラードルフ・フォン・シュローダーが進言する。 「それでは俺の守りが薄くなってしまうではないか!」  マイツェンは聞く耳を持たない。  はるかに数に勝る敵を真正面から受け止める方が自殺行為だと思うのだが、(あせ)りのあまりそのようなことも考えられないようだ。  そうして時間を無駄にしている間に、敵中央軍と第5騎士団本軍が衝突した。  一方、フリードリヒ中隊も援護のため後背から敵を削っていた。 「フリードリヒ様!」とアダルが叫ぶ。  言いたいことはわかっている。極大魔法なりで敵中央軍を殲滅(せんめつ)すれば第5騎士団本軍は救われる。  しかし、それでは殺し過ぎなのだ。これはあくまでも神聖帝国内の内戦である。殺し過ぎては戦後処理が困難を極めてしまう。 「殺し過ぎは良くない。本軍は正面から受け止めず、いなせばいいだけの話だ」 「それはそうですが…」  アダルは黙りこくってしまった。それがあの団長にできるだろうか?  第5騎士団本軍は敵中央軍に押し込まれていた。本陣へも敵の攻撃音が聞こえてくる。 「団長。後方へ下がりましょう。騎馬してください」とシュローダー。 「お、おう。わかった」  もはや正常な判断ができないマイツェンは言いなりである。  そこへ乱戦を(くぐ)り抜け、一人の敵騎士が突撃槍(ランス)を構えて突進してきた。  運悪くそれが騎馬しようとしていたマイツェンの背中を直撃する。 「グホッ」と咳込むとマイツェンは大量の血を喀血(かっけつ)した。  この重症ではまず助からないだろう。  しかし、第5騎士団としては幸いだったと言わねばなるまい。指揮権が冷静なシュローダーに移ったのだ。  シュローダーは叫んだ。 「これより指揮権は私に移った。軍を左右に展開して敵をやりすごす! 第1中隊は左翼、第2・第3中隊は右翼に展開せよ!」  混乱しながらも左右に展開し、中央を開けると、敵中央軍はここを駆け抜けて行った。  それを見届けたシュローダーは命令する。 「敵の反転攻撃に備えよ!」  だが、その命令は空振りに終わった。  敵中央軍はそのまま逃げ去ったのだ。  これを見ていた左右の諸侯軍も撤退を始めた。  ホーエンシュタウフェン軍は第5騎士団長を失いながらも4倍の敵を撃退したのだ。     ◆  戦いが終わって、捕虜(ほりょ)交換などの戦後処理に入る。  終わってみるとライン宮中伯(プファルツ)軍の損害は左翼の諸侯軍を中心に4割を超えていた。これは数字的には惨敗(ざんぱい)といってよいものだ。  一方のホーエンシュタウフェン軍の損害も2割近かった。こちらも大きな損害である。  この惨敗(ざんぱい)により、ヴェルフェン宮中伯(プファルツ)は、弟を見限り、ホーエンシュタウフェン家に寝返ることが約束された。  これによりヴェルフ家は有力な支持者を失うこととなり、パワーバランスは大きくホーエンシュタウフェン家に傾くこととなった。  そして、ホーエンシュタウフェン軍は帰路についた。
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