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第39話 第6騎士団誕生 ~暗黒騎士団(ドンクレリッター)~
先のライン河畔の決戦におけるマイツェン第5騎士団長の死に伴い、ホーエンシュタウフェン軍の中では後任の第5騎士団長の人事が話題の中心となっていた。
第5騎士団はフリードリヒの圧倒的な戦術的強さと見事な戦略を目の当たりにしていたので、特に若手を中心にフリードリヒを推す声が大きかった。
しかし、フリードリヒはまだ若干15歳。ベテランの中には、そんな若造が騎士団長になることを苦々しく思っている者も少なくなかった。
第1から第3騎士団は、フリードリヒの活躍を話でしか聞いていなかったので、興奮した者たちが誇張して語っているのだろうと憶測するものもいた。
◆
軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックがライン河畔の決戦後の人事について話し合っていた。
リーシックが状況を報告する。
「特に第5騎士団の若手を中心にフリードリヒを第5騎士団長に推す声が大きいようです。
いずれにしても昇進なり、大きな褒賞を与えるようにしないと軍内部の納まりがつかないと思われます」
バーナーが口を開いた。
「確かに今回もフリードリヒ中隊の働きは目を見張るものがあるな。
そうすると例の第6騎士団の新設の話を前倒しにする必要があるか。本当は大手柄をあともう一つ二つ上げてからと思ってはいたのだが…」
「タイミングは今しかないでしょう。私も若手の熱い思いはひしひしと感じています。
更に手柄を上げてからとなると第5や第4騎士団長という流れにもなりかねません」
とチェルハが答える。
バーナーは決断した。
「では、このタイミングで第6騎士団を新設することにしよう。フリードリヒの第5中隊はそのまま第6へ移行するとして、それ以外の要員はフリードリヒに調達させるということでよいな?」
「団内からは第6騎士団への転属願が殺到するでしょう。それを押さえつつフリードリヒに条件を飲ませるのは難しいですね」
とチェルハが自信なさげに答える。
「それを私とおまえで飲ませるのだ。第6中隊への転属については抑え込まないと今度はベテランたちが黙ってはいないだろう。
それにフリードリヒの食客を取り込むという当初の目的を果たす必要がある」
「わかりました」
◆
フリードリヒはバーナー軍務卿の執務室に呼び出された。かたわらにはチェルハ騎士団長が控えている。
バーナー軍務卿が厳かな口調で話しを始めた。
「卿に来てもらったのはほかでもない。この度、第6騎士団を新設することになった。卿にはその団長を引き受けてもらいたい」
第6騎士団とは意表をつかれた。ここは少し事情を探るか。
「私のような若輩者が騎士団長などを引き受けてしまって軍紀が乱れませんか?」
「確かに卿は若い。だから第5騎士団長となるとベテランの中には面白く思わない者もいる。
一方で、若手には卿の昇進を望む者も多い。
だからこそ第6騎士団ということで卿を処遇したいと考えたのだ」
「それはお心遣い感謝いたします。それで、第6騎士団はどのような構成になるのですか?」
「卿の第5中隊はそのまま第6騎士団へ移行してもらう。それ以外の要員は卿が調達して欲しいのだ。
実は軍は先の2回の会戦による欠員補充で手いっぱいでな。そこまで手が回らぬのだ。
ここはぜひ卿の才覚を見せてくれ」
要員の調達を丸投げ? 何を考えている?
そうか、俺の食客たちを軍に取り込みたいということか。確かに、あれだけの私兵がいたら軍としては驚異だからな…
ここはひとつ軍に恩を売っておくとするか。
「お受けするまえに一つ確認があるのですが、要員は人族以外でも大丈夫ですね?」
ああ。フリードリヒ中隊には亜人が何人か混じっていたな。そのことか。
バーナーは答える。
「急ごしらえの騎士団だ。それもやむを得まい」
「それであれば、お引き受けいたします」
言質はとった。フリードリヒは「亜人」ではなく「人族以外」と言ったのだ。心中でニヤリとする。
「それはよかった」
バーナーはホッとした表情をしている。
「では、早速編成に取り掛かってくれたまえ」
「了解いたしました。では、失礼します」
フリードリヒは、一礼して退出した。
チェルハが言う。
「思いのほか素直に受けましたな。私の出番がありませんでした」
「いいことではないか。まだ若造だから深読みができないのだ」
「そうでしょうか…」
◆
フリードリヒは、中隊に戻ると第6騎士団の団長を引き受けたことを皆に告げた。
「ご昇進おめでとうございます。いつかこういう日が来るとは思っていましたが、こんなに早いとは…」
アダルベルトは感慨に耽っている
「旦那。すげえじゃねえか! もちろんあたいたちも一緒だよな」
とべロニア。
「ああ。第5中隊はそのまま第6騎士団へ移行する」
「それで他の方たちはどうなるのですか?」
とベアトリスが質問する。
「それが俺の才覚で集めろということだそうだ」
「えっ! なんて無責任な…。で、その話を受けたのですか?」
「ああ」
「そんな…。上のいいなりなんて面白くないじゃないですか」
「ここで恩を売っておくのもいいかと思ってな。それにどうなっても後から文句は言わせない」
「要は食客たちを充てろということね」
ローザが鋭いことを言う。
「おそらくそれが狙いだろうな。だが食い扶持を軍が払ってくれるというのだからいいんじゃないか」
カロリーナが言う。
「軍の上層部は食客たちの任侠道を甘く見ているのですわ。
所属が少し変わったからといって、彼らの忠誠の対象がフリードリヒ様以外に向くはずがないじゃないですか」
さすがにとりまとめ役をやっていただけあって食客たちの心を良くわかっている。
フリードリヒは軍事畑の食客たちを取り込んで軍編成に取り組んだ。
結果は次のとおりである。
第6騎士団長:フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲン
第6騎士団副管:レギーナ・フォン・フライベルク
第1中隊:バイコーン騎兵・歩兵100:隊長:アダルベルト・フォン・ヴァイツェネガー
第2中隊:バイコーン騎兵・歩兵100:隊長:カロリーナ
第3中隊:バイコーン騎兵・歩兵100:隊長:ヴェロニア
第4中隊:ペガサス騎兵100:隊長:ネライダ
第5中隊:ダークナイト軍団100:隊長:オスクリタ
魔道小隊:魔導士30:隊長:フランメ
第1中隊は第5騎士団第5中隊が移行した。
第2から第4中隊には食客たちを充てた。武術系の食客たちは300人ほどに増えていたのだ。
また、魔導士もフライブルグに作った魔法学校の卒業生を充てたので人数も充実してきていた。彼らには上位精霊たちという最高の先生がいるので大丈夫だろう。
第6騎士団の発足に当たり、フリードリヒは第6騎士団にあえて街中を行軍させた。町の人々にダークナイトやバイコーンに免疫をつけさせるためである。
だが、人々はこれを見かけると家の中に引きこもり、固く扉を閉ざした。まあ、そのうちになれるであろうが…
そのうち人々は第6騎士団のことを畏怖の念を込めて暗黒騎士団と呼ぶようになった。
フリードリヒは(開き直ってしまえば、なかなかカッコいいではないか)と思い、その別称を採用することにした。
これに伴い兵装も黒備えにすることにした。赤備えは聞いたことがあるが、黒備えは珍しいだろう。
この暗黒騎士団の名前は、いずれ帝国中に鳴り響くことになる。
◆
フリードリヒは再びバーナー軍務卿の執務室に呼び出された。
「あの闇の者は何だ! 聞いておらぬ! 教会から苦情が来るぞ!」
「確か人族以外でもよいというお話でしたが…」
「それは亜人か何かかと思ったからだ。まさか闇の者とは!」
「闇の者でも制御ができていれば何の問題もありません。むしろ生身の人間よりも命令に従順で軍隊向きですよ。
それに聖書にもかつてソロモン王が悪魔を使役していたという前例が載っているではないですか」
「それはそうだが…。よいか。教会から苦情が来たら卿が対応するのだぞ」
「承知しました」
結局、教会の苦情は来なかった。フリードリヒが事前に手を回して多額の寄付をしていたからだ。
今どきの教会は寄付が最優先ということらしい。
それにソロモン王の逸話を入れ知恵したことも大きかったようだ。
◆
ひと悶着あったものの、フリードリヒは部隊編成を終えて、無事第6騎士団長に就任した。
第6騎士団は現代の兵制でいうとおおむね大隊に相当し、その団長は現代の階級でいうと大佐クラスに相当する。
また、フリードリヒは第6騎士団長の就任に伴い子爵に昇爵した。
昇進に伴うものなので領地の加増はなかった。
団の新設及び団長就任の披露パーティーがあったが、挨拶をさせられたのは辟易した。これからは、こう言うことも苦にならないように慣れていかなければならない。
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