第46話 商工組合総連合会 ~ハンザ都市との同盟~

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第46話 商工組合総連合会 ~ハンザ都市との同盟~

 従来の商人は特定の街に定住せず、各地を遍歴して商品を売買する遍歴商人が主流だった。神聖帝国北部の遍歴商人は、ロシア産の毛皮を求めてバルト海に乗り出していった。  北方貿易の中心はデーン人の商業拠点となっていたゴトランド島で、神聖帝国の商人はデーン人に生命・財産を侵害されるリスクが存在した。  そこで、ザクセン公国のハインリヒ獅子公は遍歴商人団体を承認し、団長に民事・刑事上の司法権を与えた。  ドイツから離れた地で異民族と競合しながら商売をしていくために、強いリーダーシップが必要であったためである。これが商人たちの団体である商人ハンザの始まりである。  ゴトランド島で中心的な役割を果たした都市は、神聖帝国商人の活動拠点でもあったヴィスビューだった。  13世紀になると遍歴商人、使用人に実務を任せ、自らは本拠地となる都市に定住しながら指示を出す定住商人が台頭する。  定住商人の商業都市として発展したのがリューベックである。フリードリヒⅡ世はリューベックに多くの特権を与え、商業都市としての発展を促進した。ついには、いかなる領主の支配にも属さない帝国直属の都市となった。  そして彼らの相互援助の都市間ネットワークを通じて都市間で条約が結ばれていく。これが都市ハンザである。  まずは、リューベックとハンブルグで商業同盟が締結された。     ◆  帝位を巡る争いは収束し、帝国の内戦はいちおうの収束をみせた。  カントリーリスクが減った今、タンバヤ商会の事業を拡大する好機である。  フリードリヒは、学園時代の同級生で食客(しょっかく)となったゴットハルト・ギルマンを自室に呼びだした。  ゴットハルトはハンブルグの有力な商人の次男である。 「久しぶりだな。商工組合の設立の方はどうだ?」  帝国主要都市へのタンバヤ商会の支店展開は一段落ついたので、ゴットハルトには同様に主要都市での商工組合の設立の仕事を任せていた。このため、ゴットハルトは帝国中を飛び回っているのだ。 「やっと一通り終わりそうなとこでんな」 「それは良かった。そこで次の仕事なのだが…」 「まだ、こき使うつもりでっか!」  ゴットハルトは(あわ)ててフリードリヒの言葉を(さえぎ)った。 「君の能力を見込んでの仕事だ。名誉だと思って受けてもらえないか? それに今やってもらっている仕事の総仕上げなんだ」 「総仕上げ?」 「商工組合総連合会、すなわち商工組合のギルドを作るのだ」 「このうえまだでっか?」  フリードリヒは構想を説明する。  商工組合総連合会業務の柱の一つは商工組合の資金繰り支援で、日本で言えば商工中金のようなものでこの役割が大きい。  しかし、商工中金と違い、金融業務以外にも、都市間の交易ルールの調整、製品の規格統一など、商工業を円滑に発達させるための仕事をやらせるつもりである。  前世では都市代表で構成されるハンザ会議が似たような役割をはたすことになるのだが、現世ではハンザ同盟は発展途上でそこまで発達していない。  それに現在のハンザは、その都市の資源はその都市の商人が扱い、外来の商人は排他する方向、すなわち保護主義的な方向へ動いており、フリードリヒは不満だった。  前世の価値観を引きずっていることもあり、産業は自由主義に限ると思うのだ。  皆が(もう)かることによって、巡り巡った資金は自分に返ってくるという価値観をぜひ浸透させたい。 「前にも似たようなこと言っておられましたな。会長は店長がなられるおつもりで?」 「もちろんだ」 「それは大いにもめそうでんな」 「根回しもやってもらうが、商工組合と同じく、総連合会の発言力は出資金の大きさで決まる。  この件については、一切妥協しない。これまでの(もうけ)けの全てをぶちこんででももぎ取るつもりだ」 「それはわかりました。場所はどこに作るおつもりで?」 「平等になるよう帝国の中央付近にと言いたいところだが、帝国の産業は北部優位で発展しているから、ここは(ゆず)ってもいい。リューベックあたりが妥当かな」 「それなら何とかいけるかもしれまへんな」 「では、この件については一切をゴットハルトに任せる。若くて舐められるようなら、ハンス殿なり誰かを連れていけ」     ◆  もともとが商工組合はタンバヤ主導で設立しているものだ。  それだけに総連合会を作ること自体には抵抗は少なかったようだがやはり問題は会長人事だった。  ここは予定どおりタンバヤ商会の資金力に物を言わせ、フリードリヒということで各組合を納得させた。  総連合会の最高意思決定機関は各組合代表から構成される総会とし、会長のワンマン経営ができない仕組みとした。要はハンザ会議が形を変えたようなものである。  そして半年後、ついに設立総会の日がやってきた。  フリードリヒはゴッドハルトたちスタッフとともに、テレポーテーションでリューベックに向かう。  リューベックの町には、既に総連合会にふさわしい荘厳な建物が完工している。  そこで第1回総会が開かれたのだが、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論となった。  案の定、リューベック、ハンブルグなどの保護主義派とフリードリヒの自由主義派の全面対決となったのだ。  しかし、これはあらかじめフリードリヒの意図したことだった。あえて激しい議論を行うことにより、雨降って地固まることを狙ったのである。  フリードリヒは保護主義派が提出した論点を前世の経済学・経営学の知識を総動員して一つ一つ丁寧に論破していった。 「理屈としてはわかるが、そのようなことが本当に上手(うま)くいくのか…」組合代表からそんな(つぶや)きが聞こえる。  ──確かに経済学の理論は感覚ではつかみにくいところがあるからな… 「ここは一つ、私のことを信じて2、3年様子を見てもらえませんか? それで結果が出なければもう一度総会で善後策を議論しましょう」  フリードリヒのこの言葉をきっかけに、組合代表たちは年寄りにはできない若者の発想に賭けてみようという雰囲気になった。  これでまずは自由主義的方向へ舵を切ることが決まった。     ◆  その夜。総連合会設立の祝賀パーティーが開かれた。  このような場合、ヨーロッパでは婦人同伴と相場は決まっている。  当然、誰を同伴するのかでひと悶着(もんちゃく)あった。  ベアトリスが余裕の表情で口火を切った。 「やはりこういう公式の場ではそれなりに身分のある者が出席しないとフリードリヒ様の恥になってしまいます。ここはやはり私しかないと思いますわ」 「くっ。ここで身分の話を出すかよ…」べロニアは(くや)しがっている。  しかし、ある意味正論であり、なかなか反論ができない。 「主様は身分など気にされる方ではありません」  おとなしいネライダが珍しく反論した。 「フリードリヒ様ではなく、周りの目が問題だと言っているのです」とベアトリスがダメ押しをした。  しかし、そこにクララが余裕の表情で口を出す。 「そもそもあなたたち、公式の場での作法などわかっているの?」  それを聞いて女子連中の表情が引きつった。  皆、冒険者と軍人の経験しかなく、そのような教育は受けていない。  かろうじてベアトリスは学園で初歩を多少習ってはいたが、実践に十分とはいい(がた)かった。 「…………」 「どうやら実戦経験があるのは私だけのようね」  この言葉が決定打となった。  ちなみにゴットハルトはちゃっかりとベリンダを同伴していた。冒険者時代にフリードリヒをよくからかっていた商会店員のベリンダである。ちょっと年上だが、悪くない組み合わせだ。  フリードリヒがクララを伴ってパーティー会場へ入ると、衆目が集まる。  フリードリヒもたいがい美しいが、クララの漆黒(しっこく)の長い黒髪とオリエンタルな血が入ったエキセントリックな美しさはいやでも目立つものだった。  クララはいつものこととばかり、平然としている。  ──さすがは場慣れしているということか。  フリードリヒはクララを同伴して正解だったと思った。 「今日は無事終わってほっとしましたわ」  ゴットハルトが話しかけてきた。 「このような大役をご苦労だった。ついでといっては何だが、君には理事長をやってもらうからな。覚悟しておいてくれ」 「そんなこと聞いてまへんがな!」 「ああ。今初めて言ったからな」 「そんな大役わいには無理や。ハントはんでええでっしゃろ」 「彼には引き続き商会の経営をやってもらわねばならない。君は設立にもかかわっていて一番事情がわかっているから適任だろう」 「そ、そんなー」  ゴットハルトはショックのあまり座り込んでしまった。 「ゴットハルトさん。いいじゃないですかぁ。帝国中の組合を牛耳る連合会の理事長なんてすごいですよ」  とベリンダが(はげ)ましている。  ──まあ。そのうち立ち直るさ。  こうして神聖帝国の商工業発展のいちおうの基礎固めができたのだった。  しかし、ハンザ同盟の行く末には既に暗雲が立ち込めているのをフリードリヒはまだ知らない。
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