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第47話 対デンマーク戦争(1) ~ハンブルグの陥落~
11世紀、クヌーズ大王と呼ばれるクヌーズⅡ世は、イングランドに侵攻し、デンマークからイングランド、ノルウェーにまたがる北海帝国を築き上げた。
が、彼の死後、北海帝国は崩壊し、王位継承をめぐって国内の混乱が続き、デンマークの領土は縮小の一途をたどる。
12世紀、王位についたヴァルデマーⅠ世のもとで、混乱したデンマーク王国の再建が始まった。王権の強化を図るとともに、バルト海南岸のヴェント人に攻撃を仕掛けるなど、本格的なバルト海進出の第一歩を踏み出した。
この流れを引き継いだヴァルデマーⅡ世は、エストニアを支配下に組み込み、さらにバルト海に勢力を拡大していく。
◆
デンマークはハンザ同盟の宿敵である。
デーン人は、海上貿易を自力で行っている一方、ホルシュタインを通じて陸路でも貿易を行っており、海上貿易が中心のハンザ商人は対抗できずにいた。
また、地理的にハンザの中心地に近く、軍事的な脅威でもあった。
そして、ついにデンマークのヴァルデマーⅡ世は、ハンザ同盟の重要拠点であるゴトランド島のヴィスビューを占領した。これに対しハンザ同盟都市はデンマークに対して開戦する。
通常、戦争は騎士の仕事であるが、ハンザ都市は諸侯に支配されない自由都市として自治を行っており、これには軍事も含まれる。このため海を活動の中心とするハンザ同盟は独自の艦隊を擁していた。
しかし開戦直後、ハンザ都市連合艦隊はデンマーク海軍に敗北を喫する。
その勢いに乗り、デンマーク軍はハンザ同盟の重要都市の一つであるハンブルグを占領してしまった。
◆
ハンブルグ陥落の知らせは直ちに皇帝フリードリヒⅡ世のもとにもたらされた。
皇帝の館では、フリードリヒⅡ世、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが集まってハンブルク陥落に対する対応を協議していた。
フリードリヒⅡ世が訪ねる。
「我が国の領土が占領された以上、ハンザ同盟まかせとはいくまい」
「はっ。そもそもオットーが凋落した原因の一つに、デーン人に対し無策だったために諸侯に見放されたということもあります。ここは出陣するしかないかと」
バーナーが答える。
「今から出陣するとして時間はどのくらいかかる?」
「敵は5千人規模と報告がきています。守る者を攻めるには倍の数が必要ですから、1万は欲しいところです。それを集めて兵站を整えるとなると1月は最低でも必要かと」
「長いな。それではハンザどもに恨まれるおそれがある」
「では、足の速い小僧を派遣して時間を稼がせてはいかがでしょう」
「やつを人身御供とするか…」
「そう簡単に死ぬ輩ではございませぬ。時間の稼ぎにはなるでしょう」
「わかった。そうせよ」
「はっ」
2人ともわかっていないとチェルハは思った。
──やつなら騎士団一つでも完勝しかねない。そうしたらどうする?
◆
フリードリヒは商工組合総連合会会長としての立場と第6騎士団長の立場の板挟みになっていた。
前者としてみれば一刻も早くハンブルグに救援に向かいたいところだが、後者の立場としては命令もなしに出陣するわけにはいかない。
フリードリヒのもとにチェルハが訪れた時、正直ほっとした。
「出陣ですか?」
「ああ。直ちにハンブルクへ救援にいってくれ」
「承知いたしました」
あえて他の部隊のことは聞かなかった。おおかた第6騎士団に時間稼ぎをさせて、その間に兵を招集する腹なのだろう。
だがそうはいかない。総連合会会長としての立場もあるし、ハンブルグはゴットハルトの故郷でもある。今回は第6騎士団だけでけじめをつけさせてもらおう。
◆
急ぎの出陣なので、今回もテンプスの魔法陣を使ってショートカットする。
まずはダミーとしていったん全軍が駐屯所から出陣した姿を見せつける。
郊外の人目につかないところで行軍を止めた。
千里眼で転移先を探ると、フリードリヒは、テレパシーでテンプスに転移先の場所を伝えた。
「テンプス。では頼む。場所はここだ」
「わかったわ。任せて」
時空精霊のテンプスが手を掲げると青い魔法陣が姿を現した。この魔法陣がハンブルグ軍の行軍先とつながっているのだ。
副官のレギーナ・フォン・フライベルクに行軍を委ねる。
「悪いが先に向かって陣を整えておいてくれ」
「隊長はどうされるのですか?」
「ちょっと野暮用がある。すぐに追いかける」
「野暮用? 了解しました」
レギーナは首をかしげながらも承知する。
──野暮用と言いつつ何かを企んでいるのね。
◆
フリードリヒはオスクリタを伴ってバルト海上空を杖に跨って飛んでいた。
デンマーク軍は上陸してはいるものの、もともとは艦隊だ。フリードリヒは艦隊を持たないだけに海上に逃げられたら面倒だ。
それに備えるためである。
「オスクリタ。やつを呼びだせるか」
「了解。やってみる」
オスクリタが念じると上半身は美しい女性で、下半身は魚で、腹部からは3列に並んだ歯を持つ6つの犬の前半身が生えた、奇怪な姿をしている怪物が現れた。手には剣を持っている。
「オデュッセイア」などに登場するスキュラである。
「私を呼んだのはおまえか?」
スキュラはオスクリタを睨んでいる。
「そう。おとなしく主様の眷属になりなさい」
「主様? その人族が? 人族ごときが主とは闇の精霊も落ちぶれたものね」
スキュラはフリードリヒを蔑みの目で見ている。
「その人族ごときがおまえを負かしたら眷属になるか?」フリードリヒは挑発した。
「そんなことできる訳ないじゃないの」
次の瞬間、フリードリヒは有無を言わせず光魔法のライトジャベリンを10本まとめてスキュラにお見舞いする。
スキュラは「ギャー」という悲鳴をあげて苦痛に顔を歪めている。
「空からなんて卑怯よ。降りて来なさい」
「戦いに卑怯も何もないと思うがな…」
フリードリヒはフリージアの魔法を発動させると海面を凍らせた。これでスキュラの下半身と腹部の犬は氷漬けになってしまった。
それを確認したフリードリヒは氷の上に降り立つと、悠々とスキュラの方に向かう。
スキュラは剣を振り回しなおも抵抗を続けるが下半身を氷漬けにされ、腰の入っていない剣撃を避けることなどフリードリヒには造作もない。
フリードリヒはいとも簡単にスキュラの剣を巻き上げると、首筋にオリハルコンの剣をあてがった。
「さて。どうする?」
「わ、わかった。眷属になるわ」
それを聞いたフリードリヒは美しい美女の顔にキスをした。
「な、何をするの。こんな醜い私に…」
スキュラはそういうと顔を赤くして俯いてしまった。
「眷属に美醜はないさ。名前はスキュラのままでいいよな。きれいな名前だから」
「わ、わかったわ」
スキュラはまた照れて顔を赤くしている。
「君にはすぐに働いてもらうことになる。しばらく体を休めておいてくれ」
そう言うとフリードリヒはダークヒールでスキュラの傷を治した。
「では、またな」
「あ、あのう…」
スキュラは何かを言いかけるが言葉にならない。
その場を飛び去るフリードリヒを見つめるスキュラの目は、もはや恋する乙女のそれだった。
横に控えるオスクリタはブスッとしていた。
──主様。またライバルを増やした…
フリードリヒは開けた海域に出る。
「オスクリタ。次はやつだ」
「了解」
オスクリタが念じると海面が津波のように盛り上がり、島のように大きなぬめぬめした生き物が浮き上がってきた。大きさが2キロメートルはあるだろうか。
次の瞬間、巨大な触腕が上空を飛ぶフリードリヒを襲う。
それを素早く避けると、フリードリヒは光魔法のホワイトノヴァを放つ。巨大な触腕がちぎれ飛んだ。
下を見るとまだ何本もの触腕がうねうねと蠢いている。北海の巨大烏賊の化け物、クラーケンである。
クラーケンは船を襲い沈めてしまう化け物として船乗りたちの恐怖の対象だった。
──いきなり攻撃してくるとは、交渉の余地なしか…
フリードリヒが次々とホワイトノヴァを放つと触腕がちぎれ飛んでいく。その度に雷鳴にも似た悲鳴があがる。
6本目がちぎれ飛んだ時…
『ま、待ってくれ。あなたに従うから!』
とクラーケンがテレパシーで話しかけてきた。
──なんだ。意思疎通ができるんじゃないか。
『私の眷属になるのなら許してやろう』
『わかった。あなたのような強者の眷属ならば本望だ』
『名前は上書きでいいな』
さすがにクラーケンに別な名前を付けたら弱そうになってしまう。
『承知した』
『すぐに働いてもらうことになるから、体を休めておいてくれ』
そう言うとフリードリヒはダークメガヒールでクラーケンの傷を治した。
これで艦隊が海に逃げても対応できる。
◆
フリードリヒはテレポーテーションで第6騎士団のもとに駆け付けた。
第6騎士団はハンブルグから5キロメートルほど離れた平原に陣を構えていた。
「遅くなってすまない」
「野暮用とやらは済んだのですか?」
レギーナがやや皮肉めいて聞いてきた。
「ああ。問題ない」
「そうですか」
レギーナは素っ気なく答えた。
──突っ込んでは聞いてこないのだな…
次の目標はデンマーク軍本体だ。
戦いは町での市街戦となる。狭い路地での戦いになるだけに集団戦闘には向かない。
それだけに個人技が問題となってくるわけで、普段から苛烈な訓練を行っている第6騎士団にとってはうってつけである。
「さて、どうしようか。いきなり突入して市街戦という手もあるが、それでは芸がないな」
「一度攻め込んだうえ敗走を偽装して町の外に誘い出してみてはどうですか」レギーナが提案する。
「わかった。それで試してみよう」
「ありがとうございます」
いよいよデンマーク軍との戦闘が始まる。
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