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第51話 対デンマーク戦争(5) ~キール攻略とフリードリヒの昇爵~
話は少し遡る。
第6騎士団がハンブルクを奪還した翌日、皇帝フリードリヒⅡ世のもとにその連絡が届いた。
「第6騎士団がハンブルグを奪還したとの知らせが届きました」
「なにっ。昨日到着したという連絡がきたばかりではないか。たった1日で落としたと申すか?」
「はい。間違いございません」
皇帝は黙り込んでしまった。これでは1万もの帝国軍を招集した意味がなくなってしまう。皇帝の面目が丸潰れではないか。
皇帝の館では、フリードリヒⅡ世、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが集まってハンブルク奪還に対する対応を協議していた。
その時、新たな知らせがもたらされた。
「申し上げます。第6騎士団がホルシュタインへ向けて侵攻したとのことにございます」
「そうか。その手があったか」
チェルハは声をあげた。
「小僧は帝国軍の出番を作ってくれているんですよ。さすがに騎士団一つではホルシュタイン全土を攻略するのは無理ですからね。帝国軍が出てくるように誘っているのです」
「なるほど。単に血の気が多いだけかもしれぬが、朕に気を使ってくれておるということか?」
「なにせヴィオランテ様のお父上ですからね」
皇帝はちょっと渋い顔をした。ヴィオランテのことは話題にしてほしくないらしい。
「わかった。帝国軍の出発を急がせよ!」
「承知いたしました」
チェルハは思った。
──急がないと。やつはホルシュタインまで騎士団一つで攻略してしまうかもしれない…
◆
帝国軍が出発したという連絡はまだない。
続くキールの攻略は急がないので、ノイミュンスター攻略後、一週間休みをとることにした。
それにその間にノイミュンスター攻略の噂が伝われば、この先の進軍も楽になる可能性がある。特に竜の使役が真実だという話が同郷人から伝われば、より真実味が増すことになるだろう。
もちろんタンバヤ情報部やハンザ商人を通じた情報の喧伝も引き続き継続して行っている。
ノイミュンスター攻略もゆっくりと進軍していたので、ハンブルグが陥落してから既に2週間が経過していた。
帝国軍を招集し、兵站を整えるのに一月、それからホルシュタインまで進軍するのに2週間はかかるだろうから帝国軍がやってくるのはまだだいぶ先と思われる。
◆
休みが終わりキールへの進軍を開始する。
ノイミュンスター攻略の時と同じく、ダークナイトなどを見せびらかしながら行軍する。黒備えの軍を初めて見る住民たちにはさぞや恐ろしく見えるだろう。
途中、砦があれば攻略していくが、小さな砦の場合は戦わずして降伏していく。
ノイミュンスター攻略の効果が出ているようだ。
小さな町や村も戦わずして降ってきた。
いよいよキールの町が視界に入ってきた。
町の門は開けられたままだ。
「マルグリート。敵の姿は見えるか?」
「上からは見えないわ。隠れているのかも」
確かに今の騎士団は半数でしかない。伏兵で取り囲んで殲滅するという戦法も十分考えられる。
今回は前回の轍を踏まないようにしよう。
「竜娘たち。竜に変化して町のやつらに竜の姿を見せつけてやれ」
「「「了解」」」
竜娘たちは竜に変化すると、それぞれに町の上を飛び回り、雷のように激しく咆哮した。その声が町に木霊している。
すると門から代表らしき人間が護衛に守られながら慌ててやってきた。
これを見てフリードリヒも前に進み出る。
「あなたが指揮官ですか?」
「ああ」
「私は市長のヘルマン・フリッツです。ミールは第6騎士団の来訪を歓迎いたします」
「それはありがたい。こちらも市民には一切の手出しをしないことを誓おう」
「ありがたきお言葉。感謝いたします。では町にご案内します」
マルグリートに目配せするが、上空からは伏兵の姿は見えないようだ。
念のため建物の中も千里眼で探りながら進む。
警備のためと思われる兵はいるが、隠れている兵は見当たらない。どうやら正面から戦うつもりはないようだ。
市長に少し探りを入れてみる。
「ミールはノイミュンスターとは違うのだな」
「ミールは商人の町でございます。商人は機を見るに敏でないとやってはいけません。
ツェーリンゲン卿は暗黒騎士団の団長であるとともに商工組合総連合会の会長でもあられる。
時代はツェーリンゲン卿を中心に回ろうとしているのですよ」
──いくらなんでも褒めすぎじゃないか?
「そこまで評価してもらえると光栄だな」
「とんでもございません」
門を入ると住民が歓声を持って迎えている。
これはこれで疑いの目で見ると怪しくも見えてくる。
「デンマークの統治はどんなものだったのだ?」
「我々はもともと帝国の人間ですからね。容赦はなかったですよ」
「それで帝国への復帰を歓迎すると?」
「左様でございます」
──ここで違いますとは言えないよな。
ここでマルグリートがフリードリヒに小声で囁いた。
「帝国軍がホルシュタインの国境を越えて進軍してくるわ」
思ったより早いじゃないか。集まった軍から逐次出発させたというわけか。
通常は兵の逐次投入は愚策の類だが、この場合、第6騎士団が地ならしをしていることを前提に拙速を尊んだか。
町の対応を見ると、帝国軍が遅かれ早かれやってくるという情報をキールの市長は知っている可能性が高い。まさに機を見るに敏だな。
だが、そういう者に限って寝返りも平気でするものだ。そこは心して対応せねば…。
「知っていると思うが、帝国軍が間もなくホルシュタインに軍を進めてくる。我らはその先触れという訳だ。帝国軍が来るまでやっかいになるぞ」
「それはもちろんでございます」
◆
帝国軍がキールの町に到達するまでそれから2週間かかった。
ホルシュタインを面的に制圧しながらの行軍なのでむしろ早いともいえるが、第6騎士団の地ならしが効いているのだろう。
この後、ホルシュタインは、しばらくの間、占領統治の形態がとられ、徐々に平時の形態へと移行していくことになるだろう。
問題は領主だが、名目上のホルシュタイン伯であるテオドール・フォン・バードヴィーデンが続投では荷が重いのではないだろうか?
結局、占領統治は帝国軍が行うことになり、第6騎士団はアウクスブルクに帰参することとなった。
しばらくして、フリードリヒは皇帝からの呼び出しを受けた。
宮中伯が口を開く。
「貴殿をホルシュタイン伯に昇爵することになった。ありがたく受けるがよい」
フリードリヒは驚かなかった。この件については、フリードリヒ自身は動いていないが、リューベック、ハンブルグなどのハンザ商人やキールの商人が積極的に皇帝に働きかけていることは、タンバヤ情報部を通じて知っていたからだ。
ホルシュタイン領は国境地帯であり、デンマークの軍事的脅威にさらされているため強い領主が求められる。それに加え、商工組合総連合会会長として経営ノウハウや資金の投入も期待しているのだろう。
「承知しました。バードヴィーデン卿はどうなるのですか?」
「それでだ。バードヴィーデン卿の娘を嫁にもらってもらう。それが昇爵の条件だ」
──皇帝め。考えたな。
伯爵ともなればヴィオランテとの結婚も射程圏内に入ってくる。それに先んじてバードヴィーデン卿の面目を潰さないという口実で嫁を押し込んできたのだ。
しかし、これは断れるような話ではない。是非もないか…
「承知いたしました」
しかし、これからが大変だ。第6騎士団長をやめろとは言われていないし、おそらく兼務ということになる。
それに結婚となると館の女子連中が黙ってはいないだろう。何を要求されるか知れたものではない。
──これは単純に喜んではいられない。頭の痛い問題だな。
頭を悩ませるフリードリヒであった。
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