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クロコダイルの涙
遠くから眺めた事はあったが、公爵家の別荘に訪れたのはマリアは初めてだった。
屋敷の中には富とセンスの良さを顕示するために飾られたかのような芸術品がいくつもあった。
少し奥まった場所にアイツの部屋があった。
執事は私を部屋に通しお茶を出すと、アイツに「下がりなさい」と言われ退出した。
アイツは執事が部屋から離れた事を確認するとガチャリと部屋の鍵を閉めた、マリアは終わりの始まりを告げる音なんだと観念した。
するとアイツは床に頭を擦り付けるように低くして「ごめんなさい、私が全部悪かった。どうかしていた。出来る限りの償いはするから許せなくても私が後悔している事だけは、わかってほしい」と平謝りした。
マリアは拍子抜けした。何が起きたのかよくわからなかった。
平謝りするアイツを見ていたらマリアの心にどす黒い怒りの感情が青天に沸き立つ入道雲のように立ち込め、感情が高ぶった。
「そうよ!!許せるわけないじゃないの!!」マリアはそう言うと出されていた紅茶を床にぶちまけ、中にオシッコをした。「さあ、飲みなさい!!話があるならそれを飲んで謝罪の意思を証明した後よ!!」
アイツは事も無げにそれを飲み干すと「あっ、あの~、わかっていただけたかしら?」と上目使いに聞いた。
マリアは、まだ全然足りない!!と言い。思い付く限りの屈辱的な行為をアイツに命令した。
アイツは頭だけは堪忍してまだ酷く痛むのと言いながら、マリアの要求をほぼすべて受け入れ従った。
自分の感情をどうすることも出来ずにマリアは泣き出した。するとアイツは抱きしめながら「ごめんね。もう大丈夫 嫌がらせをしたり、訴えたりしないから安心して暮らしてね。あなたがした事は私に追い詰められてしたこと、私が命令して無理強いしたのと変わらない。全部私が悪かったの。本当にごめんね」とアイツは涙ぐみマリアが泣き止むまで抱きしめた。
マリアはアイツの言葉を信じて受け入れることが出来なかった。
夕暮れ時になり帰る事になった。アイツは謝罪の印に受け取ってほしいと高価そうなブローチをマリアに渡した。
ひとりは危ないからとマリアは馬車で使用人に家まで送り届けられた。
アイツはその日から別荘からいなくなった。なんでも街の名医に診せるため本宅に戻ったそうだ。
それから数日して父が興奮して帰宅した。なんでも大きな仕事を任されるようになり報酬がいままでの3倍になるそうだ。
これは、マリアが公爵家の令嬢と付き合いがあるおかげでパイプができ、大きな仕事を回してもらえるようになったためだと父は言った。
「ありがとう、ありがとう」と父はマリアに抱き付き何度も何度も幸せそうに言った。
マリアの家には若い頃、季節労働者の若者と恋に落ち、ゴミのように捨てられ赤ん坊を産んだ姉が一緒に暮らしていた。
周囲の心ない者達から恥さらしだと陰口を言われ日陰者のように目立たずひっそり暮らしていた姉のところに、没落男爵家との縁談が夏の終わりに舞い込んだ。
男爵は、ある人にここの長女と結婚し奥さんと娘を幸せにして自分の名が伏せられている間は、家を復興させる手伝いをしてもいいと取り引きを持ちかけられたそうだ。
そちらの家庭の事情は知っている、自分は歳も多いし貧乏だ、吊り合いはとれていると思う。そちらの事情は全て受け入れるつもりでいる。
この取り引きが上手くいけば、家を再興させられるかもしれない。
どうかお願いだからこの最後のチャンスを私に掴ませてほしい、もし引き受けてくれたら絶対にこの恩は忘れないし恩に酬いるようにするとマリアの姉に何度も何度も会いに来て頭を下げ頼んだ。
最初は怪しい話だといぶかしがっていた姉だが、自分にとってもこれが最後のチャンスなのかもしれない、あの人の熱意や度量の大きさは本当だと思う、もう一度だけ誰かを信じて賭けてみる。
もし取り引きを持ちかけた誰かに騙されていたとしても、あの人と一緒なら賭けに負けても、立ち上がれるかもしれないと言い嫁いでいった。
月日は過ぎ正月に男爵は嫁と養女の3人でマリアの家に訪れ新年を家族皆で祝った。
例年では考えられないほどのご馳走が食卓に並んだ。
男爵は取り引きは守られ、さまざまな利権にありつけるようになり、長年放置され痛んだ家をやっと修復できるとうれしそうに近況を報告した。
久し振りの姪っ子可愛らしく着飾り男爵にべったりで、マリアが男爵に話しかけると美味しいモノを食べてる子猫のように取ったら怒るわよといった視線をマリアに向けた。マリアは姪っ子が今幸せなんだと理解した。
姉はお腹をマリアに触らせると身籠ったみたいと言った。
女の幸せはもうあきらめていたのに
世の中何が起きるかわからないわね。
娘を産んだ時は後悔と後ろめたい気持ちの中、誰にも祝福されず出産し、家族に迷惑をかけ、娘にも可哀想な事をしてしまった。
今度はみんなに祝福され愛するあの人の子供が産める、こんなに幸せな事はないと姉は涙ぐみ、姉妹はふたりで嬉し泣きをした。
マリアはその夜、ベッドで考えた。これらは全部アイツが仕組んだ事なのだろうと。心を入れ換えたなら良しとするけど、人間が心を入れ換えるなんて事、今まで見たことがない。あり得ない!!
アイツは誰かを踏みつけにして、その上で高笑いしないと気が済まない悪魔のような女なんだ!!
たぶんアイツの新しい趣向なんだ。幸せの絶頂で全ての幸せをぶち壊す気なんだ!!今度は家族を巻き込むつもりなんだろう…。やったら絶対に絶対に許さない!!マリアの目は怒りに燃え身体が怒りで震えた。
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