1・幼馴染みの女の子

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1・幼馴染みの女の子

和宏(かずひろ)」  困り果てていたところに、声をかけられ和宏はそちらに視線を向けた。  良く知った声。それもそのはず、隣の家に住む幼馴染みなのだから。 「彩希(さき)」  同級生で幼馴染みの彼女の名は、大林彩希(おおはやしさき)という。  幼稚園から一緒の為、幼い時から下の名で呼んでいた。そのまま現在に至る。彼女とはまるで兄弟と変わらない感覚だ。  小柄で、ベージュの長くウエーブかがった髪を背中までたらし、いかにもお嬢様と言った風に、品の良い仕草をする。  モノトーンの少しふんわりとしたワンピースを身にまとっていた。 「今日は、本屋に付きあって下さると。約束をしておりましたわよね?」  そんな約束をした覚えはない。  これは助け船なのだと思い、和宏は彼女の言葉に甘えることにした。  今は一刻も早く、この場を逃げ出したいのだ。 「ああ。そうだったな」  和宏の言葉に大林はホッとした表情を浮かべる。  それはきっと、彼女の意図がスムーズに伝わったと思ったからに違いない。 「悪い、先約があることを忘れていた」 と、穂乃果(ほのか)に謝る和宏。  彼女は勘が良いのか、怪訝そうにこちらを見ていたが諦めたように立ち上がる。 「そう。じゃあ、今度お礼させてね?」  穂乃果はチラリと大林に視線を向けると、再び和宏に視線を戻して。  それが宣戦布告であることに和宏は気づかない。  紹介すべきか迷ったが、次回で良いかと思い直す。ここで時間を食ってしまっては、元も子もないからだ。 「ああ」  短く答えると、彼女はひらひらと手を振ってその場を立ち去っていく。  その背中を見送っていると、 「どちら様ですの?」 と大林に問いかけられる。 「同じ講義を取っている、槙田穂乃果(まきたほのか)」  すると、彼女は頬を膨らませた。 「名前を聞いているんじゃありませんのよ?」  ”それは分かっている”と和洋は心の中で返事をすると、 「作品のことで相談を受けていた」 と答える。  その答えにため息をつく、大林。  和宏はバッグを持つと立ち上がった。  並べば身長差は歴然だ。こちらを見上げる彼女に”帰るぞ”と合図を送るように入口に視線を向ける。  そんな和宏に、 「仕方ありませんわね」 といって、彼女も後に続くのだった。 「本屋へは、本当に付きあって頂きたいの」  一階の靴箱へたどり着くと、彼女は靴に履き替えながら。  大学にもよるかも知れないが、この大学の構内は土足禁止だ。 「分かった。夕飯は食べて帰るか?」 まるで夫婦のようだなと、思いながら彼女の荷物を少し持ってやる。女性はどうしてこうも荷物が多いのかと思いながら。 「人が苦手なくせに、自らコミュニケーションを取らねばならない状況に身を置く、あなたのことが理解できませんわ」  彼女の指摘に和宏は、深いため息をつく。  言われるとは思っていたが、実際に言葉にされると辛いところだ。  和宏は確かに、人づきあいが苦手であった。だからこそウェブでレビューを書いていたのに。 「仕方ないだろ」 駐車場に着くと助手席のドアを開けて彼女を促す。 「人づきあいが苦手な上に、お人よしとかどうかしてましてよ?」 運転席に乗り込むとエンジンをかける和宏の横で、慣れた手つきでカーナビを操作する大林。  流れ出す、one light。  優しい音色に、微笑む和宏。  そんな自分を大林が優しい瞳で見つめていることに、和宏は気づかないのだった。
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