2・初恋の人

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2・初恋の人

「興味ありますの?」  大林彩希(おおはやしさき)は、イラストコーナーで背景画像の資料を見ている和宏(かずひろ)の手元を見つめて。  二人は大学からほど近い駅前の本屋にいた。 「いや」  和宏は描けもしないくせに、背景集が好きであった。  建物の写真集もつい買ってしまうほどに。  それに引き換え、大林はイラストが得意。羨ましい限りだ。  イラストは常々難しいものだと思ってる。描いたは良いが、配色に困ることも多い。 「それより、買うものは見つかったのか?」 と問うと、 「一緒に見つけてくださっても、よろしかったのに」 と、不満を漏らす彼女。  和宏は肩を竦めると、 「それは、気が利かなくて」 と返す。 「そうですわね。気が利かないと、モテませんわよ?」   ──── モテてどうするんだ。  和宏は眉を寄せ困った顔をしつつ、手に持っていた本を棚に戻す。  すでに十冊以上、購入したものが家にある。これ以上購入したところで、使う当てもない。  不意に音に反応して和宏は天井のスピーカーを見上げた。  隣に立っている大林が口元を抑え、クスリと笑う。 「うん?」 「好きな曲には、直ぐに反応するのが面白くて」  和宏の聴覚は一般的だとは思う。大きな音は苦手だが。そんな風に自分が見えているのかと、自分自身を振り返る。  しかし自分のことは意外と、自分ではわからないものだ。  昔から色んな事に気づいて、さりげなく傍に居てくれる大林。  和宏は彼女に仄かな想いを抱いていたが、それが恋かどうかわからなかったし、この想いが叶わないことも分かっていた。 ──── 楽だから好きというのは、自分に都合がいいだけなんだ。  彼女の願いを叶えたからと言って、望んでいることが分かるわけじゃない。  彼女はいつでも自分を観察して、欲しいものを与えてくれるというのに。  同じ年齢だと、女性の方が精神年齢が高いという。自分は、彼女にして貰うばかりで何もしてあげられていないと感じていた。  人の心や想いを察するのは、努力だけではどうにもならない。性格や観察力、経験なども必要になって来るだろう。  元より人づきあいの苦手な自分には、経験が足りなさすぎると感じている。その壁は、厚く高い。  とても今の自分では乗り越えることなど、できはしまい。 「ごめんなさい。お待たせしてしまって」  いつの間にかレジに向かった大林が、会計を済ませ戻って来る。 「荷物、持つよ」 「ありがとう。お任せしますわ」  品の良い心地よい声。  和宏は荷物を受け取ると、 「夕飯どうする?」 と彼女に問いかけた。  大林は自分よりも背の高い和宏を見上げると、微笑んで。 「お奨めしたいお店がありますの。よろしくて?」 と小首をかしげる。  どんなに望んでも、永遠に時間を止めることは出来ないんだと思いながら、 「ああ」 と短く返すと和宏は、先に歩き出す彼女の後を追うのだった。  自分の勘違いに気づかないまま。
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