プロローグ

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プロローグ

 灼けつく日差しが大聖堂前広場の石畳を白く照らしていた。遮る影のないただなかで人々はジリジリと肌を焼かれ、額やこめかみに汗を流しながら口元や視線に浮かぶ嫌悪感を隠しもせずに処刑台を見上げていた。  暑い中ご苦労なことだわ、みなわたくしのために集まってくれたのだから。執行官が長々と読み上げている断罪文など彼らは聴いていないだろう。その内容なら彼らはもう何度も何度も耳にしているだろうし。  ニューカスル公爵令嬢エレノアは未来の王太子妃という立場にありながら、第三王子と結託し簒奪をくわだてた。婚約者である王太子の寵愛をバーグ男爵令嬢アンナに奪われ嫉妬のあまりの乱心であった。  なんというセンセーショナル。なんという破廉恥。彼らの頭上でいつもふんぞり返っているご身分の方々の権力闘争など知ったことではなくても、そんな方々の頭の中身は自分たち以下なのだと存分に蔑むことができるまたとない機会だ。さあ、存分にご覧になって。婚約者を奪われた逆恨みで別の殿方を誑かし、隣国の重臣にすり寄って助力まで乞うていた毒婦の顔を。  はぁ、それにしてもちょっとよくわからないけど。嫉妬から簒奪ってまるで理にかなってない。どこの世界に男に捨てられたからって簒奪に走る女がいると?  腹いせに仕返しをする元気があるなら、自分を捨てた男のことなどとっとと忘れて次の殿方を射止めるために自分磨きに精を出すし、次の恋が始まったなら過去の男のことなんて眼中になくなる。それが女子というものではない? いつまでもひとりの男を引きずっているだなんて思われたくないわ。  稀にいつまでも恨みを忘れずに思い出したように何度も何度も相手を陥れようとする性悪も存在はするけれど、そういう女子はわが身がいちばんかわいいタイプね。元想い人への愛情が深いのではなく、自尊心を踏みにじられたことが許せないの。  今回のわたくしの場合は簒奪そのものをやってみたかっただけなのだけど。我ながら見事な采配だったこと! あやうく成功しそうなところまでいってしまって少し焦ったわ。執念深いアンナがわたくしの周囲を嗅ぎまわってしっぽを掴んでくれたおかげで、急転直下の断罪イベントにこぎつけた。結果的にはいい演出だったわ。  悔いが残るのは、王位簒奪計画に夢中になりすぎてアンナを充分いじめられなかったこと。おもしろいもので、忙しくてかまっていられないとなると、自らネタを引きずってやって来て相手をしてもらおうとするのが猫みたいだった。  どうせなら、バーグ男爵に国賊の濡れ衣を着せてアンナに痛い目に合ってもらえばよかったのよね、思いつかなかったわ。これは今後の課題ね。簒奪にはまた挑戦してみたいもの。  でも今回は骨が折れたことだし、次回は真っ当にヒロインいじめに集中することにしましょう。脱線しすぎで評価が落ちて、派遣の回数が減ってしまうのもイヤだし。  係官が文書を読み終え執行の合図をすると、広場はしんと静まり返った。ヤジが飛んでくるものだと思っていたのに、どうしてみな口を噤んでいるのかしら? そんな、恐ろしいものを目の前にして竦んでいるみたいな。処刑を恐れていないわたくしの態度がいけないのかしら?  でもね、さすがに怯えたフリをするつもりはなくてよ。わたくしはいつだって堂々と退場したいの。退場するの。そう決めているのだから。  ツンと顎を上げ木枠から垂れ下がっているロープを見上げる。その輪が首に回される。泥臭さと体中をざわつかせる感触にむせ返りそうになるのを我慢して、わたくしは最期ににっこり笑みを浮かべる。  今回も楽しかったわ。満足よ。それではみなさま、ごきげんよう。
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