10人が本棚に入れています
本棚に追加
言葉が出る前に私は駆け出していた。タクシーを拾い、電話先の病院へ。
看護婦さんが忙しく走り回っている。案内された場所に着くと、ガラスの向こうで父が沢山のチューブに繋がれていた。
触れることはできない。
近くで声をかけることもできない。
今すぐ止まりそうな父の心臓の音。
「……お父さん」
私はガラスの向こうに見える父を見て、涙を流した。
「お父様はトラック事故に巻き込まれたんです。最善は尽くしましたが、事故の状況が悪く……もって2週間くらいかと。ご家族の皆様にお伝えくださいね」
医師に言われた……「ご家族の皆様」と言われても、この世界に父の家族は私しかいない。
何もできない絶望感、父を失う喪失感が私を襲う。
また私は一人ぼっちになるのか。
ガラス越しに父を見続け、気づいた頃にはもう夜中、このまま父を見ている訳にもいかなかったので私は病院を後にした。
帰る途中、様々な光景を目にした。
幸せそうなカップル。
会社の愚痴をこぼす若者。
酔っ払って道端に座り込むおじさん。
両親と手を繋いで幸せそうに歩いている子供。
そして、一刻を争う救急車の音。
私は思う、幸せと死は隣り合わせに居るんだということを。
最初のコメントを投稿しよう!