ー第一章ー

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ー第一章ー

 通いの門弟には、女であることを伝えられていない鐐は、あまり口を利かなかった。  宗次郎も必要以上に近づくことはなく、また周りは武家の子という理由から距離を置いていた。  一部の門弟達は陰口を叩き、雑用を言いつけ小姓扱いしたり、嫌がらせをしていて、鐐は無表情でそれを受け流していた。  ある日、宗次郎はいつものように数人の門弟達が、鐐を取り囲んでいる所に出くわした。 「何だよお前、ひょろっとして弱そうな身体して」 「こいつ練武館から来たやつだろ?」 「大きい道場って言っても、こんなやつが息子じゃ大したことないんじゃないか?」 「偽物の子だろ。うちの母ちゃんが言ってたぜ、練武館の嫡男は八郎(はちろう)って名前だって」 「偽物だから追い出されたんだ」 「何とか言ったらどうなんだよ、腰抜け。腕前見せてみろよ」  門弟達が様々に罵詈雑言浴びせている。弱い奴程よく吠えるというがまさにそれだ。  宗次郎はこの日も我関せずと身を翻そうとした。  しかし――。 「……ち、父上の練武館は心形刀流(しんぎょうとうりゅう)。心のあり方も重んじております。あなた方のような無礼者とは太刀を交える価値もありません!」 「なっ! なんだ。生意気なやつめ!」  珍しく鐐は反論し、力強い瞳で門弟達を見据えていた。その瞳には克己心の様なものが感じられる。  門弟たちが顔を真っ赤にして、憤然と詰め寄っている光景を見て面白くなった宗次郎は、ついつい声を掛けた。 「お暇でしたら僕がお相手しましょうか?」 「お、沖田。なんだよお前。邪魔するのか」 「邪魔なんてとんでもない。皆さんのお相手が、来たばかりのこんな子しかいないみたいなので、僕が代わってあげようかと思いまして」 「お、俺、先生に掃除をするように言われてたんだった」 「俺も」  門弟達が散り散りに去って行く。  流石に指南役に試合で勝った宗次郎とやり合う気はないらしい。 「――ありがとうございました。沖田さん」  困ったように微笑み、丁寧な所作で礼を言った鐐に、宗次郎は何となく惹きつけられ居心地が悪くなった。 「別に……君の為じゃない。僕も打ち合いの相手が欲しかっただけだよ。それより君、あんなこと言って、あれじゃまた難癖つけてくるんじゃない? 黙ってほっておけばよかったのに」 「……そう、ですね」  伏し目がちに答え、そのまま口を噤んでしまった姿は、何か言いたいことを我慢しているようだった。  今でこそ無遠慮に物を言う宗次郎であったが、自身も試衛館に来たばかりの頃は何も言えなかった。鐐の反応が少し前までの自分を見ているみたいで、じれったい宗次郎は稽古に誘ってみることにした。 「ねぇ、後で道場に来てよ。あんな風に言い返したんだ、少しぐらい腕に自信があるんだよね?」  
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