ー第一章ー

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 鐐が試衛館に来てひと月。試合をして以来、宗次郎は毎日鐐を昼からの稽古に誘っていた。  以前は昼を過ぎても掃除や洗濯をしていた鐐だったが、最近はすんなりと終わっているようだ。  というのも、原因であった門弟達の嫌がらせに気付いた宗次郎は、朝稽古で完膚なきまで叩きのめしており、満身創痍の彼等は、鐐の仕事の邪魔をすることなく帰って行くようになったからだ。  この日もふらふらになった門弟達を送り出し、昼餉の後、西の空が赤に染まる頃まで宗次郎は鐐と手合わせをしていた。 「ねぇ、最後にちょっと竹刀で打ち合いに付き合ってよ」 「竹刀でいいんですか?」 「うーん。ここでは実戦的な剣術を学ぶ為に木刀を使ってるから、僕は木刀でもいいんだけどね。突き技の練習をしたいんだ。もし木刀で、僕の突きが君に当たっちゃったら死んじゃうかもしれないけど、それでもいい?」 「……竹刀でお願いします」  宗次郎はよく冗談を言っていた。冗談は自分の本音や弱さを隠してくれる。  事実、試衛館では常に実戦を意識した稽古を行っていた。  刀は竹刀よりも重いので、軽い竹刀に慣れてしまわぬように木刀を。また型の稽古のようにはいかない千差万別な敵の動きを想定し、直ぐ反応出来るように試合稽古を重視している。  正確な情報と共に付随させる軽口は、他人に心の内を見せない宗次郎の巧みな話術であった。 「この突き技なんだけどね。確実に急所を狙って、一発で仕留められたらいいけどさ。もし敵にかわされた場合、その後どしても、無防備に体を晒し出してしまう死に体(しにたい)になっちゃうんだよね。突き技、好きなんだけどなぁ」 「心形刀流にも突き技はありますよ。突きを連続して繰り出すという技でしてーー」 「成程。連続技かぁ、それ詳しく教えてくれない?」  同じ道場で切磋琢磨する朋輩(ほうばい)に宗次郎は少しずつ心を解していった。    
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