1SDK

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1SDK

 不動産屋で「1SDK」と言われた時、耳馴染みのない響きに、1LDKの言い間違いかと思って聞き直してしまった。Sはサービスルームの略で、いわゆる納戸と呼ばれる、窓が無いか、採光条件の良くないこと等が理由で居室にカウントされない部屋のことだった。 「まあ納戸と言ってもこの物件のサービスルームは十分な広さもありますし、玄関入ってからDKを通らずにサービスルームに行けるので、シェアハウスをする人にもオススメです」  内見時にそう案内された通り、その物件のサービスルームはダイニングと遜色のない普通の部屋に見えた。それなのに居室にカウントしてもらえないことを少し不憫に思った。結局家賃も予算内で駅からのアクセスも悪くなかったため、それが僕が今住んでいる物件になった。  今そのサービスルームには、本棚やシーズン外の洋服のラック、使っていない毛布やマットレス、今は弾いていない楽器などが雑多に押し込まれている。その棚と棚の間に隙間を作り、マットレスと毛布を敷き、人1人が入れる程度の空間を作る。そこは、サービスルームの入口のドアを開けて中を覗いても、棚の影になって見えない空間だ。  丁度30分後くらいに案の定母親と姉とその娘の3人が家に押しかけてきた。 「相変わらず玄関に靴が散乱してて散らかってるね」 家に入るなり小言を言った後、母と姉は、この前行った温泉の話や、ユイがプリキュアの歌を歌えるようになったこと、それからさっき新宿で買い物していた時に出会った迷惑な家族連れの話に群馬の僕の同級生が今度結婚するらしい話などを短時間で交互にガヤガヤと喋り、その間スマホも僕の家のコンセントを使ってしっかりと充電していた。僕に買ってきた服は、ブルックスブラザーズのキャメル色のカーディガンだった。嫌いではないが好きでもないタイプの服だ。この人達はいつまでも僕に、いわゆる「お坊ちゃん」のような服を着せたがる傾向がある気がする。  そろそろ出掛けるから一緒に家を出よう、と声をかけようとした瞬間、いつの間にか僕の後ろに立っていたユイが僕の膝の裏辺りのズボンの生地を引っ張り、 「ねえねえ、さっきそこで何か動いたよ」 と、向こうを指さして伝えてきた。僕は咄嗟にユイの指す方向に目をやると、サービスルームの入り口のドアが半開きになっている。目を離した隙にユイが中を覗いて気付いたのかもしれない。僕は、全身を巡る血液の温度がスッと下がった心地がした。 「ちょっと怖い事言わないでよ〜」 姉が露骨に嫌そうな顔をして、母親は怪訝そうな顔でこっちを見ている。 「嫌だな、僕が見てくるからここで待ってて」 僕は、自分でもわかるくらい頬を引き攣らせながらそう伝えると、急いでサービスルームの中に入り、しばらく間を置いてから出て、 「棚から物が落ちてたみたい。それが何か動いたように見えたんだと思う」 と伝えた。その言葉は予め用意された台詞を読み上げているように淀みがなく逆に不自然に感じたが、誰も敢えて深追いはしてこなかった。  その後暫くして、僕が家を出る直前に彼女達も部屋を出て行った。3人を玄関口で見送ってドアを閉めた後、僕は体中に張り詰めてパンパンになっていた水分が一気に蒸発して萎んでいくように脱力してその場に座り込んでしまった。
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