サービスルームのなにか

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サービスルームのなにか

 3人が帰った後、サービスルームの棚に隠れた空間に声をかける。この部屋には、ユイが気付いた通り、僕だけではなく、本当に何かがいるからだ。 「お疲れ、ありがとう。もう出てきていいよ」 「お前の姪っ子にバレるかと思ったよ、あぶねー」 「ごめんごめん、子供って目を離すとすぐウロチョロするし、勘が鋭いしさ」  その空間に隠れていた人、正確には家族が来ている間は隠れているように僕から指示されていた人は、成人男性だ。それも、僕より10歳歳上。僕は彼と、この東京都北区の古いマンションの一室で、同棲をしている。ルームシェアではなく同棲だ。付き合っている。  僕が大学を出て社会人になったばかりの頃に、ゲイ向けのいわゆる出会い系サイトで彼と出会った。それまで幾度となく出会い系は利用していたし身体の関係を持った人も何人もいたけれど、恋人と呼べるような関係になれる相手はいなかった。他の人達と彼とで何か決定的な違いがあったのかといえば、そうは思わない。今考えるとタイミングもあったかもしれない。とにかく慣れない社会人生活に追われ日々消耗していく中で、帰る家に誰もいない寂しさを痛感しながら過ごしていた時期に、隣にいて寄り添ってくれたのは彼だった。彼が自分の仕事の事を楽しそうに離している姿を愛おしいと思ったし、元気付けられたりもした。この荒波のような社会人生活を1人ではなく2人で協力して走り抜けている感覚に安心もできた。10歳上だけれど僕より身長は低くて、お世辞にもイケメンとは言えない。髭も濃いし最近ちょっと太ってきたけど、低い声と、厚い掌が好きだった。  いつからか自然と仕事帰りにも互いの家を行き来するようになり、土日は当然のように一緒にいた。学生時代は追いかける恋愛ばかりして振り回されて擦り減っていたけど、彼は僕のことを本当に好きだと言ってくれて、愛してくれた。半ば押されるようにして付き合う事になったけれど、僕も満更ではなくて、時々試すようにわがままを言っても大抵は受け止めてくれたし、ダメな時は叱ってくれた。長い時間を過ごせば過ごすほど離れられなくなる温かい毛布のようになっていき、彼の部屋着の匂いが好きになる頃には、いつの間にか当初から逆転して、彼よりも僕の方が彼を好きになっている気がした。  一緒に住もうと言い出したのは僕の方で、1番の理由は生活費の節約だった。ほとんど一緒にいるのにお互いが家賃を払い続けているのがもったいなく感じたのだ。昔から勉強だけはできた僕は、いわゆる一流大学を卒業して大手メーカーに勤めていたので、入社後間もなかったが、板橋区の小さな文具メーカーに勤める彼と稼ぎは変わらないか少し上くらいだった。家賃や光熱費は完全に折半することに決めて部屋を探し始めた。  僕と彼は誰にもカミングアウトはしておらず、付き合っていることを明かすつもりは当然無かったので、男2人でシェアハウスをするという名目で不動産屋を巡った。しかし、同年代ではなく歳の離れた2人でのシェアハウスは不自然に見えるようで、決まって怪訝な顔をされるのに参ってしまった。疑いの目で見られているような気がしたし、好奇の目も少なからず感じ、なにか悪い事をしている感覚に陥ってしまった。これが何度も続くのは耐えられないと思い、もっと物件を吟味したかったが、2件目に内見をした物件に早々と決めてしまった。  賃貸契約書には連帯保証人の欄があり、親の署名と印鑑が必要だったが、借主の欄に僕と彼の2人の名前が記載されている契約書を送って親に記入してもらうわけにもいかないので、筆跡を変えて自分で親のふりをして署名し、実家に帰った時に親の目を盗んで実印を押印して提出した。なんだか犯罪行為をしているようでそこでも気が滅入ってしまった。
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