突然の来訪

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突然の来訪

「今東京まで買い物に来てるんだけど、今日これからあんたの家に寄っても良い?ユイも会いたがってるしさ」  群馬に住む母親からそうLINEが来たのは土曜日の昼過ぎで、僕はその通知で目を覚ました。半分も開かない目で文面を読み、働かない頭をノロノロと回転させる。金曜は遅くまで残業だった事もあり、寝床に着いたのは3時を回っていた。カーテンの隙間から差し込む日光に空気中の埃が反射してきらきらと光っている。定年退職した母親は、有り余る時間のほとんどを、買い物と、同じく群馬に住む孫娘と過ごす時間に割いている。ユイは今年4歳になる僕の姪で、ユイがいるという事は恐らく僕の姉も来ているだろう。そうなると家に来るのは3人だ。新宿にいるそうだから、今出たら家まで30分程度しかかからない。 「あんたの好きそうな服も買っておいたから、もし出掛けてるなら部屋に置いておくからね」  どんな返事を返そうか考えあぐねている間に、立て続けにメッセージが来た。数年前にこの部屋に越してきた時、既に社会人生活5年目に入る時期だったというのに、万が一何かあった時のためにと言いくるめられ、母親にこの部屋の鍵を渡してあった。  「今日は出掛けてるからまた今度にして」と断ろうかと思っていた矢先に、その手を封じられた形になった。面倒な事になった。窓の外が陰って、さっきまで空気中で輝いていた埃の粒は見えなくなり、代わりに床に落ちて灰色に固まった埃の塊が目に入る。  寝起きの状態を見られる事も、昨日の夜のままで片付いていない部屋が見られる事も、特に何とも思わない。彼女達は何度もこの家に遊びに来たことがあるし、翌日朝早くからディズニーランドに行きたいからという理由で、この狭い1SDKの部屋に泊まりにきた事さえある。  だけど今日はこのまま部屋に来られては絶対に困る。見られてはいけないものがある。そしてそれはあと30分ではどうにも処理できるものではない。今は友達が遊びにきているから無理だと伝えようか?いや、僕の母親なら、それなら私達にも挨拶させてとでも言ってきかねない。ならばもう、サービスルームを使うしかない。 「了解。この後出掛ける予定があるからそれまでの時間なら家で過ごせるよ」  僕は出来るだけ彼女達の部屋での滞在時間を短く抑えられるような返信をした後、まだ末端まで血が巡り切っていないように感じられる四肢を無理矢理動かして布団から抜け出し、サービスルームの扉を開けた。
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