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私達は生まれも育ちもまったく違うが小さなアパートの同じ部屋で過ごしている、いわゆるルームシェアというやつだ。個性が強いメンバーであり未だに続いていることが不思議に思うほどだった。そもそも誰が言い出したか、どうしてこのようになったのかは分からない。私を含めそれぞれが今の生活に折り合いを付け、互いが満足し納得できるような生活を続けている。
一人の男がリズムを刻みながら私に問いかけてくる。
「どうよこの音、けっこういいっしょ。」
彼はリズムよく机をたたいていた。彼に返事を返すときには一つのポイントがある、それは聞かれたことに対してより良くなるように答えなければならない。そうしないとその後の自慢やこの鬱陶しい音もどんどんエスカレートしていってしまうからだ。
「なかなかいいね。でももう少し複数の音を組み合わせる方が良いんじゃないかな。」
「なるほど。音が混ざるとただの音がセッションとなり、新たなリズムを想像していくというわけか。もう少し考えてみる価値はあるな。」
勝手な過大解釈をして、机の前で思考を巡らせ始めた。音も無くなり一息ついた所であったが、今度は水が流れる音が聞こえてきた。
「どうかしましたか?」
シンクのほうから聞こえていた音源の元には一人の女性がいた。
「えっとね、何か蛇口が硬いような気がしてちょっと触ってたの。」
彼女は蛇口の調子を確かめるように流しては止めを繰り返し、時折水がぽたぽたと落ちる程度の閉まり具合を確認していた。
彼女は几帳面なのだ。物の置き場所にもこだわりがありよく配置を換えたりしていたし扉の開け閉めの気にしてしまうタイプだ。フォローを入れる意味も含めて声をかける。
「蛇口の閉め方でよい方法が見つかったら教えてくださいね。」
わかったとの返事をした後も、彼女は蛇口に向かい続け何度も水を出しては止めることを繰り返していた。
そろそろ買い物に向かわなければ、そう思い動き始めようとしたとき突然目の前に何か現れた。
「ばあ!」
「うわっ。」
思わず声を出してしまった。驚く私を尻目にけらけらと笑いながら、三人目の住居人が私に話しかけてくる。
「驚いた?驚いた?いい感じでしょこのメイク。」
突然出てきたことに驚いてしまいメイクはあまり見れていなかったのだが、彼女らしさが出ていて悪くはない。
「ああ、いい感じだね。」
そもそも彼女のメイクに対してはあれこれ言ってはいけないのだ。彼女自分の顔に何時間もかけて一番ベストな状態を作り出す。これに何か付け足したような文句を言ってしまうとかけた時間と彼女のプライドが合わさり、面倒と呼ぶようなヒステリーを起こすのだ。当たり障りなくほめることが最も正解といえるだろう。
彼女は私の言葉を聞くと長く伸ばした前髪を揺らしながら居間へ向かい姿を消した。
時計を見るとすでに昼過ぎ。昼食は家で作ろうと思っていたが買い物ついでに外食する事にした。
部屋着から着替え、外に出る。ドアの鍵を閉めようと鍵を出したとき、アパートの大家が偶然通りかかった。
「こんにちは。」
私が挨拶すると大家は挨拶を返し、そして続けて言う。
「引っ越してきてからもう二年ぐらい経つよね?この部屋はなかなか長く居着いてくれる人が居なかったから助かったよ。」
またこの話か。と、内心思いながらも、私は笑顔を崩さぬまま返事をする。
「ええ、スーパーも近いし交通の便も悪くない。おまけに部屋も広くて家賃もだいぶ安くして頂けてるので自分的にはありがたいです。」
大家は申し訳のなさそうな顔で私を見る。
「でもねぇ、何かあったら不安というのも嘘じゃないから。困ったことがあったらいつでも相談してね。」
私は大家に感謝の言葉と会釈をしてその場を離れる。
最初は困ったことも多かったが今はもう慣れてしまっている。
何てとこない。単に幽霊が三人ほど住んでいるだけなのだから。
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