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「ショウ、まさか彼女さん?」
藤映の眉間に皺が寄り、目線が尾田さんと手元に移るのがはっきりと見えた。俺は力ずくで無理矢理指を振りほどいた。今更振りほどいたって時すでに遅し。観察力が鋭く、人より嫉妬心の強い藤映がこの状況の意味を誤解するには十分すぎた。
「今からしょーくんの家に行こうと思ってたけど、お邪魔だったみたい」
はっきりとしたその顔立ちが崩れ、普段より暗く深みのあるその声に、俺は目の前が真っ暗になった。だから、踵を返して夜の街へ駆けていく藤映を追うのが一瞬、遅れた。
「ま、待って藤映!」
頼む、誤解だ!
慌てて追いかけようとする俺の腕を尾田さんが強い力で掴み、引き留めようとした。
「行かないでよ!藍原君、彼女とはもう十年近い付き合いなんでしょ?それって本当に恋愛感情なの?ただの情で、今更離れられないから一緒に居続けてるんじゃないの?そんな彼女より、私との方がよっぽど新鮮で恋愛らしく一緒に居られるかもしれないじゃない!あんなきつそうな人より、私の方が」
「やめてくれよ!」
気が付けば俺は、尾田さんを怒鳴って勢いよく腕を引き剥がしていた。俺らの横を行き交うサラリーマンや若い子が訝しげにこちらを見てきたが、周りの視線なんてどうでも良かった。藤映のこと以外、どうだって。
「藤映のことを『あんな人』とか『きつそう』だなんて言うなよ!俺にとって藤映は大切な人だから、たとえただの大学時代の同期だとしても、許せない」
藤映の強い顔立ちは、高圧的だとか冷たいだとか、高校時代から度々周りに誤解されていた。外見からの印象とは裏腹に、藤映は誤解されるたび俺の前でめそめそとへこんでいた。そんな藤映を俺が一番近くで支えたいと思ったんだ。
こんな誤解、今すぐにでも解いて藤映の涙を拭ってやりたい。
「藍原君!」
尾田さんのコートを押し付け、引き留める声も振り払い、俺は藤映の行った方へ駆け出した。体内に少し残っているアルコールのせいで足元が多少ふらつく。けれど藤映の行き先は何となく目星が付いている。こんな夜遅くに一人で歩かせるわけにはいかない。俺はとにかく足を動かした。
息が上がる。寒さと焦りで体が震える。
俺の家は駅から徒歩十二分。その間にある小さな公園のベンチに、きっと藤映は座っているはずだ。
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