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四
「あなた、朝ですよ」
肩を優しく叩かれ、俺はゆっくりと目を開いた。
カーテンの開いた窓から曙光が差し込み、その柔らかな眩しさに思わず片目を瞑る。わずかに窓が開いており、清涼な風がほのかに部屋に吹き込んでくる。
夏の朝は早い。よっこらせと言いながら体を起こすと、藤映はもうキッチンへ向かったのか姿は見えない。今日は長男夫婦が帰省してくる予定だ、朝から掃除や料理の支度に忙しいのだろう。
重い腰を上げ、顔を洗い歯を磨いてからキッチンへと向かった。既にテーブルの上には朝刊と俺の分のお茶が置いてある。夏でも朝に熱いお茶を飲みながら新聞に目を通すのが長年の習慣になっている。俺が朝刊を読んでいる間に、藤映は朝食の支度を済ませる。しばらくすると出汁の効いた味噌汁の匂いが漂ってきた。
「今日は賑やかになりそうね」
「ああ、草一も休みが取れて良かったよ」
「菫はよく顔出してくれるけどね、草一は中々会えないものね」
長男の草一は結婚と同時に大阪へ引っ越してしまった。仕事の関係と、奥さんの実家が関西だからということだ。小さい頃は引っ込み思案でどうしたものかと頭を悩ませたことも少なくなかったが、今では家庭を持って立派に仕事している。年に一、二回程しか会えないので正直寂しいが、子供が巣立つのは当たり前のことで仕方ないのだ。心配性で息子に会いたがる藤映をなだめつつ、夫婦二人で静かに暮らしている。
そんな俺たちの家に度々訪れるのは長女の菫だ。結婚して子供もいるが、何かと理由をつけてよく家に帰ってくる。菫はここから車で二十分ほどしか離れていないところに住んでおり、年寄りの両親が心配なのか、よく様子を見に訪れては家事を手伝ってくれる。藤映はいつもお礼にと美味しい料理を持たせており、菫が忙しい時は孫の面倒も見ている。もしかしたら菫の魂胆はそこにあるのではと思うが、親としては元気な顔を見せてくれるほど幸せなことはないのでこれでいいのだ。
「だし巻き卵か?」
ふと新聞から目を上げると、藤映が溶き卵のようなものをフライパンに流し込む姿が見えた。俺は藤映の作るだし巻き卵が大好きだ。それが分かっているから、藤映はよくこうして朝食に作ってくれる。
「そうよ」
「じゃあ、俺が大根を卸しておこう」
「あら、助かるわ」
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