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 それきり、その子は黙ってしまった。正直、お願い事を聞かされた今でもさっぱり状況が理解できない。未来にどんなことが起ころうと、その未来と現在が繋がっている実感がない以上、何もすることがないようにも思える。  この女の子がまだ『子供』だったら多少なりとも想像ができたんだろうか。子供どころか『孫』だなんて、二十歳そこらの男子がピンとくる存在じゃない。  実感は湧かないけれど、何だかこれ以上未来のことは聞いちゃいけない気がしてきた。危険や事故を回避するためならまだしも、これから起こることを予め把握してしまったら、今の自分の行動内容が制限されてしまいそうだ。少なくとも今日以降、俺は藤映のことを「将来の結婚相手」として意識してしまうはず。   そうなるともう、この子から聞き出したいことはもうない。何かを知って未来への楽しみが減って、未来への不安や恐怖が増えるなんて、それこそバカバカしい。 「まあ、俺は俺なりに藤映のこと大切にするから」 「……うん、本当にお願いね?藤映ちゃんから離れないでいてね」  ようやく女の子は安堵したようにそのキリリとした眉を下げ、口元を緩めた。何とか納得してもらえたようだ。そろそろ切り上げてお開きにする雰囲気だと思い、俺も甘ったるいアイスカフェラテを勢いよく飲み干した。  そういえば、こうして藤映以外の女の子と二人きりでお茶するなんて初めてだ。露骨に表には出さないが結構嫉妬深い藤映のことを気遣い、たとえ友達であろうと二人きりでどこかへ行くことはしないように気を付けてきた。さすがにこの場を見られて、中学生相手に浮気を図ったなんて勘違いはされないだろうけど、やっぱり女の子と二人きりなんて光景は藤映も良い気持ちにはならないはずだ。  今更だけど、さっさとお開きにしよう。俺が伝票に手を伸ばすと、女の子もショルダーバッグを持って席を立った。  俺がレジで伝票を出す時、女の子は既にお店の外に出ていた。いや、まあこっちはバイトもしているし中学生相手に割り勘にしようとはさすがに思っていない。けれど、俺と目が合うとニコッと悪戯っぽい笑みを浮かべるその子は、完全に孫の顔だ。こういう時だけちゃっかり孫らしい顔でやり過ごすところを見て、思わず失笑が漏れる。 「ありがとう、ご馳走様!」 「はあ、どうも」  喫茶店の外へ出ると茹だるような空気に途端に包まれ、首元から脇下からじわじわと汗が滲み出てくる。この暑さには耐えられそうにない。  女の子も同じだったのか、ショルダーバッグから真っ白な日傘を取り出し、ボンっと音を立てて傘を開く。そして、 「……もう行かなくちゃ。またね、松じいちゃん」  そう言いながら俺に背を向けて歩き出した。またねと返すのも何か違う。いや、数十年後に再会するはずなのだから「またね」でも良いのか?俺がなんて声を掛けたらいいのか迷っているうちに、あっさりと商店街の先へと消えてしまった。  揺らめく陽炎の中、その子が本当に溶けて消えてしまうような予感がしたのは、この小一時間で俺もすっかりあの話を信じ込んでしまったからかもしれない。  真夏の、鬱陶しいほど暑い日のことだった。
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