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二
「え、藤映!何でウチに来てるの?」
俺がバイトの遅番から帰ってくると、一人暮らしのアパートのドアの前に藤映がしゃがみ込んでいるのが目に入った。
俺が慌てて駆け寄ると、冷え性の藤映の手は随分と冷えていた。まだ九月と言えど、夜はすっかり冷える。どれだけここで待っていたんだろうか。
「しょーくん……」
「どうした?」
「無性に会いたくなって、寂しくて……」
「……とりあえず入りなよ」
鍵を開けて藤映を部屋に上げた。藤映はこの部屋にもう数え切れないくらい来たことがある。と言っても今日は久しぶりだ。なぜならずっと俺が、部屋に来るのをやめさせていたから。
「藤映。会えて嬉しいけど、しばらくはこの部屋に来るのやめようって言ったよね?」
「だって……だって、どうしようもないくらい不安になっちゃって……」
責めるような口調にならないようになるべく柔らかい言い方をしたつもりだったけれど、藤映はめそめそしながら俺の胸に飛び込んできた。その冷たい体を抱きしめて、背中をさすってやりながら、なるべく藤映が傷つかないような伝え方を探す。
「でも、いつどこで誰に見られてるか分からないから、さ。夜遅くに男の家に上がり込んでるところが噂になったら、ミスコンの結果に響くんじゃない?」
「……そのミスコンのことで不安なんだもん」
藤映の小さな肩が震えている。藤映は一度泣き出すと長い。俺は藤映をソファに座るよう促し、隣に腰掛けて頭を撫で続けた。
ミス紫檀コンテスト、エントリーナンバー四、紅野藤映。その肩書を持つようになってから彼女の生活はガラリと変わった。
大学のミスコン特設サイトに写真やプロフィールを載せるだけでなく、SNSや動画配信サービスを利用して自身の宣伝やPR活動、応援してくれるファンの人との交流を行う。見知らぬ人から大学内外問わず声を掛けられることもしばしば、常に人から見られていることを意識して生活している。
藤映の通う紫檀女子大学はミスコンという点ではあまり目立つことのない大学でコンテスト自体も他大学に比べるとささやかな程度だけど、やっぱり「ミスコン参加者」というだけで周りからの目もだいぶ変わった。
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