第一話 鳴る靴

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昔はあんな公園がいくつもあった。 遊具だって象やキリンやパンダが広い公園にいた。 6歳か7歳、そんな頃の記憶なんて、本来はあまり無いはずだ。実際にこのこと以外はよく覚えていない。 「とっちゃん、あっちに行ってくるよ」 まだ若かった叔母と大砂駅に行く途中にある、この公園によく来ていた。ここは大型団地の中に作られた細長い形をした公園で、それには 大砂第一公園 大砂第一公園 大砂柴田公園 という三つの公園が小さな道路を挟んで並んでいた。 大砂団地はその辺りでは珍しい大型のもので、近隣には商店街もあり、いつも活気があった。 ターミナル駅である大砂駅にも近く、飲食街を抜けて行くと、11階建ての団地がある目の前にあった。 私の実家はその団地から駅と反対方向へ向かい、平安川の土手への道を行った突き当たりにあった。 叔母は母の妹で、その頃はまだ20歳くらい、腎臓が悪く寝ている姿も思い出すが、休みの日にはよく私と遊んでくれた。 「さっき行ったじゃない」 今、考えてみれば病気がちな叔母には、小さな甥っ子と公園で遊ぶのは辛かったに違いない。 象の遊具は一番大きかった。薄いブルーで、コンクリート製、触ると冷たく、滑り台になっている。 小さな階段を登って、象の一番上に行く。そこから鼻をくり抜いた傾斜を滑るのだが、私は滑るより、その一番高い所から周りを見るのが好きだった。 「とっちゃん」 私は叔母の敏子をそう呼んでいた。 「危ないから、ちゃんとつかまって」 心配性の叔母はいつも私を目の届くところに置きたがった。 そこから見える景色は小さな私にはとてもワクワクするものだった。 見下ろせば、こちらを見上げている叔母がいる。反対側には砂場があり、何人もがいつもより小さく見えて、なんだか自分が強くなった気がしていた。 公園の周りは低い鉄の柵で囲われ、大きな木の間はピンクのツツジの花が咲いていた。 しかしあまり長くはそこに居られない。下からどんどん登ってくるからだ。 「あー」 訳もなく声を出して滑って降りた。その傾斜は安全のためか、かなり緩くなっていて、また、そこを滑る子供たちの靴に付いた砂が溜まり、余計に滑りは悪かった。 ピュー 公園には空気が抜ける、高い音がたまに鳴る。 小さい子が履く、靴から出るあの音だ。 隣の公園にはジャングルジムがあったが、叔母は危ないからと一番上までは登らせてくれなかった。 公園に行く時間はいつも昼下がり。団地から降りてきた子供たちで辺りはいっぱいになることもある。 「団地の子じゃないとここで遊んだらダメなんだからね」 そう言ってジャングルジムの上から見下ろす女の子もいた。 そのジャングルジムがある、第二公園と、柴田公園の間の辺りに、耳が一つ欠けた、座った姿勢の鹿の遊具があった。それはジャングルジムで遊ぶ子供たちを見ているような角度で造られていて、吊り目で鋭く、少し怖い感じだった。 色もその鹿だけが真っ白で、片方の耳が無い、じっと動かないコンクリートの鹿はその公園の番人のような雰囲気を出していた。 「気味が悪い」 叔母はその鹿が嫌いのようで、私が欠けたほうの耳を触ると 「やめて」 と言って、手を引いたのを覚えている。 季節は覚えていない。少し寒くなり出した頃だろう。いつもの昼下がりに叔母と公園に向かった。 その日、公園には人が少なかった。多分、平日で、肌寒さがあったからだろう。 第一公園の象の滑り台に飽きて、第二公園のジャングルジムで遊び始めた。数人の子が居たが窮屈ではなく、スルスル滑る鉄の棒を掴み、その間から顔を出して、辺りを見ていた。 叔母は疲れているのだろうか、ツツジの垣根の前にあるベンチに座り、首をうなだれて、居眠りをしていた。 「今なら怒られない」 そう思った私は一番上まで行く決心をした。象の滑り台より、高いであろうその場所から周りを見て見たかったのだ。 鉄の棒は足場にするには良くない。一つ一つゆっくりと上がる。 鉄の棒越しに、叔母を見るがじっと目を閉じて動かない。 下を見た。誰もいない。さっきまで居た子達はもうジャングルジムからは離れていた。 左には動かない叔母、右には砂場が見える。 ふー と、首を伸ばし、前を見た。鹿が見えた。その鹿はこちらを向いているが、ジャングルジムの一番上を見上げているわけではない。 しかし、私を見上げるものがある。 二、三歳くらいの女の子だ。 赤い色の、白の水玉の入った服を着ている。白い綺麗なタイツを履いていて、頭にはさっき見たツツジよりは鮮やかな色のピンクのブローチを付けている。 私はその子の周りを見た。親を探したのだ。 その格好は公園に遊ぶに来るには、あまりにもよそ行きで、しかもおかしなところがあった。 その子は靴も赤い、上品な物を履いているのだが、片方だけ履いていない。 左手は欠けた鹿の耳にしっかりと置き、こちらをじっと見ている。 そのまま目をそらせずにいた。 「何か違う」 その子は私をじっと見ている。それは低い場所から高い所にいるものを待っているような、羨望にも似たような目だ。そしてじっと動かない。 私は叔母を見た。嫌な気持ちになっていて、心を落ち着かせたかったのだ。 しかし叔母は、さっきと同じく首を深くうなだれていて、ここからは顔が見えない。 そのままゆっくりと前に視線を戻す。その間もその子がじっと私を見上げているのは感じていたが、また見たのは、その子の周りに、自分が安心できる光景があって欲しいと思ったからだ。 しかし、かえって恐怖がわいた。 よく見ると、その子は鹿の耳に置いた手を、壊れた部分をなぞるように、ゆっくりと動かしているのだ。 他の部分は固まっているかのように動かない。 が、じっとこちらを見上げている。
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