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あなたに感謝しています。
ああ、眠くてたまらない。
眠気を噛み殺しながら、学校へ続く道を歩いていた私は、唐突に肩を叩かれて振り返った。
「う?」
「すみません」
振り返った先にいたのは、ぴっちりとしたスーツを着込んだ、恰幅の良い中高年の男性だった。太ってはいるが、けして不潔感はなく、言うなればひと昔前の“紳士”を創造させる見た目である。髭も綺麗に剃られているし、やや白髪が混じった髪は綺麗に整えられていた。
問題は、その人物が私にとって全く見覚えのない人間だということ。彼はにこにこと笑いながら、一言こう告げてきたのだった。
「ありがとうございます!貴女のおかげで助かりました!」
「へ……へ?」
一体何の話だろう。誰かと見間違えているのだろうか。眼を白黒させる私をよそに、彼はそのまま一礼すると、それでは!とひらひら手を振って立ち去っていった。
私はきょとん、とその場に佇むしかない。何がどうしてこうなったのだろう。彼の眼はただ感謝しているというより、心底敬愛しているような、むしろ神様でも見るかのような喜びに満ち溢れていた。まったく心当たりなどない。私など、どこにでもいるような普通の女子高校生でしかないのだ。精々善行と言って思い当たるのは、たまーにコンビニの募金箱に小銭をチャリンとやるくらい。それも大した頻度ではない。あんな、お金持ちっぽい紳士に感謝される心当たりなど全くないのだが。
「……人違い、かな?」
その時は、そう思った。きっと、私のことを誰かと見間違えたのだろう。だとしたらちょっと気の毒ではある。彼は本当にお礼を伝えるべき人物に伝えられなかったことにも気づかず、満足して帰っていってしまったのだから。
何か間違えてませんか、勘違いではありませんか。そう伝えてあげるべきだったか、とその姿が見えなくなってから気づいたもののもう遅い。
――まあ、仕方ないか……。
私はあっさり諦めた。悪い事をしたわけでもなくされたわけでもない。相手は少々気の毒だが、それだけだ。正しい相手にお礼を言えなかったからといって、別に何が起きるというわけでもないだろう。
それよりも眠い。元々朝は弱いのに、ここ最近はより眠い。毎日くたくたになるまでテニス部の活動に邁進しているせいだろう。
――マジで眠い……今日朝練なくて良かった。このままじゃ絶対一時間目で寝るわ……。
仕方ない、ホームルームまで机で突っ伏して仮眠を取ろうと決める。十分程度の休みでも、使わないよりはマシである。
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