猿獣

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「せめて、お茶でも飲んでいきませんか?」 「では、お言葉に甘えて」  母が台所で煎茶と茶請けを用意している間、リビングではテーブルを挟んで俺と霊媒師の男が向かい合って座っていた。  手入れされた清潔な髪に、貫禄ある紺の着物姿。  肩書き以外は良心的であり、身だしなみもしっかりした男だ。  すると、男と目が合った。  何となく無言でいるのが気まずくなって、 「霊媒師って意外と普通の人なんですね。もっと大袈裟な感じかと思いました」 「身近な職業ではありませんからね、そう思われても仕方がありませんが、案外普通ですよ。この仕事に興味がありますか?」 「そうっすね。今回みたいに一銭にもならない依頼もあるわけじゃないですか。受けても意味ない依頼とか多いんじゃないっすか」 「なにひとつ、無駄ではありませんよ。不快に思われるかもしれませんが、依頼を受ける前に、依頼人の身辺調査を行っておりまして」  男の視線が上目遣い気味に俺を見る。 「大西さんの旦那さんと息子さん、どちらも五年前に登山中に遭難し、そのまま消息不明となっていますね。地元住民曰く神隠しにあったのだと。あなたは息子さんの大雨さんに良く似ている。というより、良く似せている」  ざわりと肌の表面が蠢く。  テーブルを引っ掻く自分の爪が、獣のように鋭い鉤爪に変化していることに気づかぬふりをした。 「それで?」  すぐ隣の部屋で、湯が沸く音がする。  ご飯が炊けたと知らせる炊飯器、グラス同士が微かにぶつかる音も鮮明に。  男は両手を組み直して、 「この地域に面白い話がありますね。なんでも、とある石の前で恨み言を呟くと、気まぐれに願いを叶えてくれるあやかしがいるとか。顔は猿、首から下は狼という恐ろしい姿のあやかしです。しかし……人を呪わば穴二つ。そのあやかしは、恨み言を呟いた人間にも気まぐれに取り憑いて食ってしまう」  俺は視線を落として、自分の両手を見た。  一回り太くなった指は黒い毛で覆われ、鋭い爪はテーブルの表面を抉っていた。  今、全力で手を振れば、この男の首は呆気なく床を転げ落ちるのだろう。  けれど、この男が何の勝率もなしに、俺に接触したとは考え難い。  胡散臭いなんてものじゃない。こいつは紛れもなく本物だ。
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