第4話

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第4話

「さっきのところ痛くなかった? 大丈夫? 見せて」 脱がせた上半身はやっぱり大理石と同じ白さと滑らかさで、肉付きまで彫刻を写し取ったよう。 殴られた脇腹も、何一つアザにはなっていなかった。 「心配してくれてるの? うれしい。僕のことそんなに好き?」 むき出しの腕にくるまれる。 その体温はいつも、ほんの少しだけひんやりとしていた。 「違う。ふざけてないで早く着替えて」 新しい服を押しつけると、外に出て後ろ手にカーテンを閉めた。 人間離れしているのは容姿だけじゃない。 「じゃあ次はどこに行こうか」 店を出ると、彼は当たり前のように手をつなぐ。 私は私を引いて歩く横顔を見上げる。 「ルイはどこに住んでるの? 普段は何をしている人?」 「僕のこと、もっと知りたくなった?」 そう言って微笑む。 「あぁ、そうよね。自分のことは何一つ話さないのに、一方的に知りたいってのもフェアじゃないよね。私は今の……」 ルイの人差し指が私の唇をふさいだ。 「僕にとって君がどこに住んでいるかだとか、何の仕事をしているか、今は誰と住んでいるのかなんて、問題じゃないんだ。君が君でさえあればいいと思っている。それじゃダメ?」 「だ、ダメじゃないけど、私がよくない」 「どうして?」 強く手を引かれる。 ビル街を抜けた先にある夜の遊園地はキラキラとまぶしくて、大きな観覧車は夢の中にあるみたい。 「わぁ、きれいだね。真緒はアレに乗りたい?」 首を横に振る。そんなことで話を誤魔化されたくはない。 「ルイは私のことが好きなの?」 「そうだよ」 「どうして?」 「前も言った。遺伝子に組み込まれたプログラムだって」 「じゃあ私は? 私も、遺伝子に組み込まれたプログラム?」 白い指先は私の頬を撫で髪をかき上げる。 「だとしたら、どれだけ幸せだろう」 彼は遊園地を取り囲む柵の上に腕をのせ、そこに頭をのせた。 綺麗な顔は悲しげに微笑む。 「ルイはどこから来の?」 「未来」 「私に会いに?」 「そうだよ」 握りしめた柵は少しひんやりとしていて、それは彼の体温を彷彿させる。 「僕のことをもっと知りたくなった? それとも怖い? それで僕を好きになってくれるなら話してもいいし、嫌ならもう話さない」 「あなたの素性は関係ないってこと?」 「本当に好きならね」 自分の気持ちだって自分で分からないこともあるのに、ましてや他のヒトの気持ちなんて分からない。 私はもう既にあなたをほんのわずかでも好きだってことに、彼は気づいていない。 「それがルイにとっては、一番大事なこと?」 「そうだね。だって、そのために来たんだもの」 両腕に顎をのせたまま、彼はもぞもぞと近づく。 私はゆっくりと言葉を選ぶ。 「もしそのためにあなたがここに来ているのだとしたら、未来の私はあなたを好きじゃないってことになるよ」 彼の目がじっと私を見つめる。 それは何かを言いたいようにも、言いたくないようにも思えた。 「それに対する答えを、僕は持ってない」 彼は柵にもたれていた背を伸ばした。 「もう帰ろう。君も疲れたでしょ。そこの駅まで送るよ」 歩き出す背を振り返る。 彼を傷つけてしまったのかもしれない。 「待って。あなたは何者なの? どうしてわざわざこんなことをしているの?」 追いかけて手を伸ばす。 届いたそれにつかまった。 「僕をもっと知りたくなった? 知りたいってことは、やっぱり僕のことが好きなんだよね」 くるりと振り返ったこのヒトの表情からは、何も読み取れない。 「『未来の私はあなたを好きじゃない』ってことは、『今の君は僕を好き』ってことなんでしょ?」 見上げた私に、ようやく微笑んだ。 「本当の僕を知っても、好きでいてくれる?」 夜の遊園地から、ジェットコースター発車の合図が聞こえる。 観覧車は回り続ける。 「それが本当に、私の遺伝子に組み込まれたプログラムなら、きっとそうなるんじゃないの? そのことにルイは、自信がないの?」 もしそれでこのヒトが不安になるのなら、私はその先を聞かない。 「自信はあるよ」 白く大きな手が髪を撫でた。 指先ですくい取られた髪の束はさらさらと流れ落ちる。 「本当に僕を好きだったと、信じている。髪も眼も肌も心も、全て僕のものだった。だからもう一度、どうしても確かめたいんだ」 「私は好き。あなたが」 そう言ったのに、ルイは笑った。 「ふふ、ありがとう」 唇を寄せる。 彼は私の頬にそっとキスをした。 「じゃあ少し長くなるけど、聞いてくれる?」 夜風がふわりと横切った。 彼は一つため息をつく。 夜間営業の遊園地の外で、彼はゆっくりと話し始めた。
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