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第5話
僕がやって来たのは、今から1500年後の未来。
「彼女は死んだんだ」
僕らが出会ったのは、明るい日の光の差し込む研究所内緑の空中庭園で、彼女は芝生の上で大きな木の幹にもたれていた。
「どうしてそんなことをしたのかは分からない。本当に突然だったんだ。僕は彼女が大好きだったし、彼女もそうだと思っていた。僕は彼女のためになんだってした」
デザインベイビーが当たり前の世界。
卵子にあらかじめ設計した遺伝子を組み込む。
それをいくつか用意したうえで、細胞分裂に成功した卵子だけを「培養」して育てる。
「彼女はアジア種をベースにした女性だった。それでも青みのかかった明るい髪と大きな胸に小さな腹、長い手足を欲しがった。だから僕は彼女の記憶を保存したうえで、望む体を作ってあげた」
遺伝子を組み換えることで起こる突発的な症状がある。
彼女の体は人間の形状を保てず、皮膚が溶け出していた。
初めて出会ったその時も、彼女はゆっくりと溶け出していたんだ。
理工化学生物研究所で発生学について学び、基礎遺伝子機能工学化学分野をやっていた僕は、彼女の担当になった。
皮膚が溶け出す症状に、多くの人々が悩まされていた。
「別に特別でもなんでもない、よくあることさ。僕たちの時代にはね。遺伝子を組み換えることで、どうしても予測できない問題が発症する。そのためにデザインしたDNAのコピーをいくつかの卵子に埋め込んで『予備』を作っておくんだ。どうしたって、細胞分裂にエラーは起こる。これだけは避けることは出来ない。その為の『予備』だ」
それなのに彼女の皮膚は溶け出した。
代替用クローンも全て使い物にならなかった。
髪を赤に変え、眼を緑にし、彼女の体を取り戻すためのあらゆるパターンを試した。
鼻の形を変えたり、爪を小さくしたり、腸の長さや血管の太さだって変えた。
「それでようやく、彼女の体は完成したんだ」
それまでの時間を生体チップの中に記憶を留め、アンドロイドの機械の体で過ごしていた彼女は、ようやく自分の体を持てたことに喜んでいた。
「僕たちの時代にはね、『生身の体』ってものすごく価値が高いんだ」
生きて動く正常な細胞は、それだけで貴重な素材となる。
「何度も再生を繰り返すうちに分裂能力は落ちる。そうすると専用の生体に細胞を戻すんだ。再活性化された細胞でリフレッシュを繰り返すことは大切なことだからね」
ある時から彼女は酷い頭痛に悩まされるようになった。
それもいわゆる突発的なエラーだ。
神経回路の置き換え処置を行って、その痛みは治まった。
「彼女の記憶はそのままで、体にはもう異常はみられなかった。僕たちはまた幸せな毎日を過ごせると思っていた」
いくつもの夜を過ごし朝を迎え、二人だけの穏やかな日々を過ごしていた。
ある朝のことだった。
彼女は突然「もう愛していない」と言った。
「信じられる? そんなこと。僕は酷く傷ついたんだ」
それでも彼女を愛していた。
何度も話合いを続け、脳神経の伝達機能検査もしてもらった。
どこにも異常はみられない。
「僕は彼女が僕を愛していなくても、側にさえいてくれればいいと思った。彼女もそれに納得してくれた。僕はそれまで以上に彼女を愛した。それなのに……」
彼女は自分の全データを消去して、姿を消した。
遺伝情報はもちろん、それに関する記録もクローンも、「彼女自身の記憶」すら消去していた。
彼女に関するデータが、全てこの世から消え去った。
「それを『死』と呼ぶんだと、僕はその時に初めて知ったんだ」
何が気に入らなかったのか、必死で考えた。
彼女はいつだって微笑み、つねに僕の側にいてくれたのに。
彼女の望んだ生体を作り出すことが出来なかったからだろうか。
そのデータを取り戻すことは、どうしたって出来なかった。
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