第6話

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第6話

「もう二度と彼女に会えない。そんなことが現実に起こりえるだなんて、僕には耐えられない」 過去に戻った。 何度もやり直した。 どこで何を修正しても、やっぱり彼女は「消え」た。 「ねぇ知ってる? どれだけ過去を書き換えても、未来はなるようにしかならないんだ」 どうしても彼女を取り戻したい。 「僕は彼女の『死』についての実験を始めた。彼女はとても苦しんでいた。何かを取り戻そうとしていた。肌が溶けていくのを、吐くほどの頭痛を、それでも微笑んで僕を見上げてくれた彼女の、デザインされる前の『オリジナル』であれば、その苦しみを取り除けると思った」 彼女の死はセンセーショナルなニュースとなって世間に知られた。 研究内容への採決はすぐに下り、過去を自由に行き来する特別な許可まで上位学会からもらった。 「だけどね、まだタイムスリップの技術が存在していない時代に、そのテクノロジーや方法を伝えることは許されていない。もちろんやがて確立する技術だから、問題はないんだけど。実際に歴史研究家たちが試した結果でも、過去において未来の技術は、当時の生産能力や技術などを鑑みて『再現不可能』と結論されている」 彼女を「再生」する取り組みが始まった。 「オリジナル」を取り戻す研究に対する世間の関心も高い。 僕は失われたDNAをかき集めなければならない。 彼女の存在した時代から約15世代の期間が選ばれた。 「二人の両親から15世代遡ろうとすると、どれだけの人数になるか計算した。2の15乗で32,768 人。それを1500年の期間と単純に考えて、博士は5体のアンドロイドを作った。DNA採取用の自走ロボだ。バッテリーは500年もつ。32,768人を5で割ると6,553.6人。真緒、君は僕が採取した6423番目のサンプルだ」 真緒の目は彼女に似ている。 その眉からこめかみにそっと触れた。 「僕が一番古い時代の採取用ロボットだから、気は楽だよ。世代が近ければ近いほど、彼女に近いものが採取できる。だけど苦労しているみたい。デザインされた生体ばかりで、もうすでに『血統』だなんて概念のない世界だ。種類も数も限られているのに、見つけること自体が難しい。集める方も必死さ。 僕の場合は、だから、本当にオリジナルで未知の、もう『現代』には残されていないけど、使えそうな遺伝配列を見つけてくることかな。学術的な発掘とか再発見っていう感じ。 人の染色体は1セット23本、それが2の23乗で838万8608種からのランダムアソートが起こる。なにをもって『オリジナル』とするかは、はなはだ難しい問題だと笑う奴らもいるけどね」 この時代では、本当に多くの人間が無防備に歩いている。 外見から判断できる容姿だけでも、実に多種多様でユニークだ。 乱雑さは常に増大する。 時と共に秩序は崩れる。 形あるものはいずれ機能不全に陥る。 だけどそれは、ただ観察から得られる結果であって、何らかの基本原理から論理的に導かれているわけではない。 それを分析し整理、応用してきたのが人類だ。 「そうすれば彼女もまた、僕を愛するようになる」 「じゃああなたは、博士自身ではないってこと?」 「そうだよ。だけど思考回路はコピーしてある。記憶もね。タイムスリップが許されるのは、非生命体だけなんだ。生きた細胞を過去に送ることは許されていないからね。もし僕が何らかの理由で動けなくなったり過去に取り残されても、この体と記録媒体は自然分解される素材で出来ているから、大丈夫だよ」 真緒は僕の頬に手を伸ばす。 そっと触れた指先の体温は、彼女のように温かい。 「博士もこんな見た目なの?」 「時代も性別も超えてサンプルを採取するんだ。万人受けしやすい形状を選択している」 彼女は返答に困っている。 その表情変化の過程は、あの時の彼女と同じだ。 「じゃあ、今から1500年前の世界を想像してごらんよ。西暦500年代? 後期ヘレニズム文化と考えると、ほら、そのまんま僕だ」 外気温19.8℃の状態で、体温36.2℃の彼女の手が伸びる。 手状構造をカバーする樹脂の上に、それは重ねられた。 「ヒトって、あんまり変わらないものなのね」 「そうだよ。それなのに彼女は変わってしまった」
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