0. 西の都の訪問者

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 大人たちが盃を酌み交わし夢や愚痴を語らう都の社交場は、まだ太陽が昇りきっていないうちから繁盛していた。  なみなみとグラスに注がれた葡萄酒、旅の土産話を自慢げに披露する強者風の大男、店主にひたすら己の不幸話を垂れ流す酔い潰れた紳士ーーそれは酒場を訪れればいつでも見られるありふれた日常の光景に過ぎなかった。  「すみません」  進んでいるのか止まっているのかさえわからないような、変わらない時間の流れ。そこへ、非日常は突然訪れた。  「いらっしゃい……って、お嬢さん。まだ16か17だろ?水くらいしか出せないよ」  「お気遣いありがとう。でも喉は乾いてないの」  突然現れた酒場とは無縁そうな少女の姿に、それまで酔うことに夢中になっていた大人たちの視線は釘付けになった。    「私が頂戴しにきたのは飲み食いできるものじゃないわ。ねえ、霊剣サラマンダイトって知ってる?」  ビアンカの問いかけに、その場にいた一同は沈黙してしまった。  その身に携えた三振の得物は、彼女が全て語らずともその目的を十分に伝えていた。  「……知ってるも何も、それはオーキナー卿の家宝だ。一族の跡継ぎにでもならない限りは手に入れるなんて不可能。女性の君にはどれだけ頑張っても無理だね」  店主は諦めを促すような口調でビアンカに答えた。  「オーキナー卿?その人が持っているのね」  「彼はこの都の全ての商売を取り締まる大商人……言わば最高権力者だ。彼には息子はいないから、君には嫁ぐことができないんだよ」  「息子いないってことは、娘ならいるんだ」  諦めるどころか、何か策を思い付いたように満面の笑みを浮かべるビアンカ。店主はその表情に戦慄を覚えた。  「君、まさか……」  「よせ!オーキナー卿の御令嬢は人間なんかじゃねえ。悪魔だ!」  店主の前で酔い潰れていた男は、急にビアンカへ忠告し始めた。  「こうなりたくなかったら、とっとと諦めな」  男がズボンの裾を引っ張り上げると、右足には義足が装着されていた。  「何があったの?詳しく聞かせて」  しかし、彼の思惑とは裏腹にビアンカは臆するどころか興味津々に尋ねたのだった。
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