5. 裏切り者

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 今まで私は花婿候補に対して、自分のことをどれだけ愛してくれているのかを測ろうとして無理難題を押し付けてきた。  私を愛してくれない人を愛する意味なんてないと思っていた。  片想いになってしまうことが怖かった。自分の一方的な想いが無駄になってしまわないかと不安だった。  生まれてから何もかも与えられてばかりだった私にとって、愛だって与えられて当然のものだと思っていた。    もし私がエンビの立場だったら、命懸けで守っても自分のことを愛してくれるとは限らない相手のために命など投げ出せないと思ってしまうだろう。  だから、彼の行動の理由が最初は分からなかった。私に愛されているという確固たる自信でもあるのか? と。  そして、死んでしまった彼に対して半ば見返りのような心情で、彼を愛していたことにしなければと思う自分がいた。  でも、それは大きな間違いであることもまた心のどこかで薄々と感じていた。それがこの夢の正体なのだろう。  彼の息が止まった時、確かにその顔は悔いのない安らかな顔をしていた。  彼には、たとえ私が愛してくれなくても自分の愛を貫く覚悟があったのだ。  愛が"与えられるもの"であるならば、逆の立場から見ればそれは同時に"与えるもの"でもあるーー私はいつも最も身近で見守ってくれていた大切な人の命と引き換えに気付くことができた。  「やっとわかってくれましたか? ルナお嬢様、これからは"本当の我儘"で生きて下さい。あなたの幸せが私にとっての幸せですから……」  遠退いてゆく彼の声。視界が徐々に明るくなり、目覚めると私はベッドの上にいた。  部屋のテーブルにはまだ湯気の立っている食事が置かれている。  「ありがとう、お父様。私、誰と結婚するか決めたよ」  誰もいない部屋でひとり感謝の言葉を呟き、私は数日ぶりの食事を戴くことにした。  
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