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本物だと信じて毎朝眺めていた宝物は、絨毯によって幾分か衝撃を吸われてもなお粉々に砕け散った。
「もっと早くに彼の裏切りに気付いていたら……」
床へ崩れ落ちるように座り込んだ私の膝に、割れたガラス片が刺さって血が滲む。
「ルナ、奴の裏切りに気付かなかった罪は私にもある。済まなかった」
後を追って来た父は申し訳なさそうな口調で謝ってくるものの、彼を責める気にはなれなかった。
「ところで、お前たちが帰ってから私は竜について伝わる古い文献を掻き集めさせて調べたのだが、竜という存在は"竜王族"と呼ばれる人型の魔族が竜玉の力で変身した姿に過ぎないということがわかった」
「竜王族?」
竜の体が崩壊して現れた少女。あれが私たちを襲った竜の本来の姿なのだろうか。
「今から200年程前、炎を宿す深紅の竜玉は勇者と呼ばれる存在によって砕かれ世界中に散らばったと云われている。そのうちの一欠片が炎を生み出す霊剣サラマンダイトの核として使われたそうなのだが、あの竜は竜玉を完全に復元させるつもりなのだろう」
「あの時、敵が竜の姿を保てなかったのは持っている本物の竜玉が一欠片足りない不完全な状態だったからなのね」
「そして、竜玉が完成すればそのピーチという名の竜王族は無制限で竜化できるようになってしまう。そうなれば、人類を滅ぼしてしまいかねない」
「でも、一体どうすればいいの……?」
「アルマ君が討伐に向かっているが、今は彼の無事に勝利してくれることを祈るしかない」
「祈るしかない……って、そんなの無責任だわ!」
あの抜群の斬れ味を誇る妖刀ダインスレイフでさえ傷一つつけられなかった強敵相手にどうやって勝つというのだろうか?
私のこれまでの人生は、与えられてばかりの受け身なものだった。
でも、これからは違う。アルマが勝利するのを遠くから待っているだけだなんて嫌だ。
「お父様!」
「ああ、わかっているよ。娘の考えそうなことくらいな」
父は古びた鞘に納められた一振りの剣を私に差し出した。
「もしルナが部屋から出て来たらこれを渡してくれと、アルマ君が……」
剣の腕前は素人同然で扱える自信なんてなかったけれど、今の私にはこれを受け取って旅支度をする以外の選択肢なんて考えられなかった。
「これは持っているだけで意味があるお守りだそうだ」
「ありがとう、お父様」
お守りということは、魔族が寄って来ない魔除けの効果でもあるのだろうか?
いずれにせよ、アルマの所有する剣だから何かしらの凄い力が宿っていることは想像がつく。
「行ってきます。もし無事に帰って来られたら、花婿を誰に決めたのかちゃんと言うね」
旅支度を済ませた私は、以前訪れた店で買った黒い旅装束に身を包み、父たちに見送られながら西の都を旅立った。
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