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何で父は私に護衛の1人すらつけてくれなかったのだろうか?
「さて、まずは俺様から戴くぜ!」
土竜人の1体が飛びかかってくるのが見えて、私は死を覚悟した。
しゃがんで身を縮めながら瞼を閉じ、殺るなら早く殺って欲しいと頭の中で何度も念じた。
「ルナーっ! ここは任せて!」
もう終わりだと思ったその時、聞き覚えのある声が響き渡り、恐る恐る目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、私を襲おうとした土竜人が胴体を真っ二つに斬られて倒れた光景だった。
「アベストス?」
「お待たせ、ルナお嬢様」
現れたのは花婿候補の一人であるアベストス=フレアラットだった。
「舞台で剣士役を演じた時に演出家から剣術を徹底的に叩き込まれたからね。前の冒険では披露する機会がなかったけど、やっといいところを見せられたよ」
芸は身を助くという言葉があるけれど、彼は職業柄多芸でいざという時に頼りになる。
彼の剣の腕前は、素人の私が見てもアルマの足元にも及ばないことは一目でわかる。
けれども、普段のお金にだらしなくて騙されやすい姿とのギャップで今は彼がとても輝いて見えた。
「さあ、モグラ男たち。かかってこい!」
余裕の笑みを浮かべながら残る2体の土竜人たちを挑発するアベストス。
「だったら、お望み通りにしてやるよっ!」
敵はそう吐き捨てると地団駄を踏み始め、大地を太鼓のように振動させ始めた。
それはまるで、地中に向かって何か信号を送っているかのようにリズミカルで、聞き入ってしまいそうになる……
「アベストス、仲間よ!」
「大丈夫。大勢の敵を相手取っての殺陣なら何度も経験済みだ」
彼らの住処は私たちが立っている地面の下。待機していた敵の集団は合図を受けて一斉に飛び出し、私たちへと襲い掛かってきた。
でも、土竜人たちは決して強い魔族ではないし、アベストスくらいの腕前があらば十数体の群れであろうと問題なく倒せるはず……
「ひ、ひええっ! ちょっと待って。前後左右から同時に来るのは反則だっ!」
しかし、やはり彼は彼だった。
舞台で演じられる殺陣は大抵、複数の敵がいたとしても主役に襲い掛かるのは一人ずつで、そして簡単に斬られる。
フィクションとノンフィクションの戦闘を同一に考え甘く見ていた彼は、成す術もなく敵の攻撃で剣を手から弾き飛ばされてしまった。
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